佐藤家の三つ子

1/1
前へ
/1ページ
次へ
『佐藤家の三つ子』  というと仲のよい3人組に思えるが、とんでもない。  喧嘩の時、2人なら1対1。  4人なら2対2。  力は釣り合うが、3人ならそうではない。  2対1で、いつも僕が仲間外れだ。  夏子と冬子は女で、僕は男だから。  珍しい例だが、一卵性と二卵性の混じった三つ子なのだ。  しかも3人ともお年頃の中学生だから、状況は悲劇的。  この日も下校路で、2人は僕をからかう。 「治、あんたも副委員長のCカップに興味があるんでしょう? 制服の胸をいつも見てるもの」 「えっ?」  大げさに表情を作り、すぐに冬子が夏子を援護する。  僕は、2台のアメリカ戦車に挟み撃ちされたドイツ戦車のような気分だ。  前後から撃たれては、かないっこない。 「やだ不潔。男子なんかみんなスケベよ」  いたぶられている本人にはともかく、傍目には微笑ましい姉弟だ。  しかしこの姉弟にも悩みがあった。  僕たちの家にはテレビがなかったのだ。  父が頑固者で、 「あんな物は下らない。見る価値もない」  と言うのだ。  だから僕はウルトラマンを見たことがないし、姉たちもアイドル歌手の物まねができなかった。  クラスでテレビの話題が出るたび、僕たちは黙るしかなかった。  しかしそんな生活をずっと続けることはできない。ここに反撃の狼煙が上がった。 「ねえ治、あんたテレビを買ってもらういい知恵はない?」 「お姉ちゃんたちはどう?」 「私たちはトライして、もう失敗したわ」 「どうやって?」 「私はテストで100点をとると約束して、猛勉強して…」 「それで82点よ」  と冬子は辛らつである。 「じゃああんたはどうなのよ」  と夏子は冬子のスカートを蹴飛ばす。 「私は、家の窓を全部拭き掃除すると言って…」 「掃除道具をひっくり返し、ガラスを3枚割ったわ。バケツの水で廊下は水びたし」  これに冬子が言い返すかと思ったが、さにあらず。  2人とも僕のほうを向くので驚いた。  どうやら事前にリハーサルをしたようだ。 「だから3度目の正直よ。治、あんた家出しなさい」 「家出?」 「本当の家出じゃないのよ。物置の中に隠れるだけ。食事は私たちがこっそり運ぶわ」 「そんなの嫌だよ」  だが弟が、姉2人の連合軍に勝てるわけがない。  僕は押し切られ、家出の決行日は夏休みの第1日目と決まってしまった。 「あんたが家出している間、宿題は私たちが代わりに引き受けるからね」  というのが決定打だった。 『テレビを買ってくれないので家出します』  と僕は書き置きを残し、実は物置に隠れて様子を見るのだ。  前日にその準備のため、僕は一人で物置へ向かった。  まず物を片付け、生活スペースを作らなくてはならない。  物置の中は暗く、スイッチを入れたが、電球が切れていたことを思い出した。  だが予備の電球がどこかに保管してある。  暗い中でかがみ、僕はあてずっぽうに手を伸ばした。そこに奇妙な手触りを感じたのだ。 「これは何だ? 機械のスイッチだぞ」  オンにすると、物置の中はほの明るく変わった。  同時に音楽も聞こえる。  そしてアナウンサーらしい声が言うのだ。 「では明日のお天気は? こちらの天気図をご覧ください」  目を丸くするどころじゃない。僕は呆然とした。  テレビだ。  アンテナにつながったちゃんとしたテレビが、なぜかここにある。  僕はテレビの前に座った。  そして、床が埃で汚れていないことに気がついたのだ。 「そうか、僕と姉たちが学校へ行っている隙に、誰かがここでこっそりテレビを見てるんだ」  誰かと言っても、家族は5人しかいない。  両親に決まっている。  両親の身勝手さに、僕は猛然と腹が立ったが、生まれて初めて自分の自由になるテレビに出会えた喜びのほうが大きかった。  チャンネルを次々と変え、僕は見入った。  その瞬間にあの番組が突然始まったのは、運命としか言いようがない。  何かのショーで、司会者が現れ、切り出したのだ。 「では皆様、今週も『佐藤家の三つ子』の時間が参りました。  この番組は、世にも珍しい女女男という三つ子の生活ぶりを克明に記録したドキュメンタリーです。世界で始めての密着取材で、過去数年に渡りお送りしてまいりました。  ただ当の三つ子たちに気づかれ、取材行為がその生態に影響を及ぼすことを防ぐため、ご両親の協力の下、三つ子たちにはテレビの視聴を一切禁じてあります。では、今週の様子をまとめたビデオテープをまずご覧ください」  僕は口をあんぐりと開けた。  家出の計画を立てながら3人でワイワイ歩いたあの下校路の様子が、望遠レンズで克明に映し出されたのだ。  もちろん音声もついている。  嫌な予感がして、僕は振り向いた。  自分ひとりしかいないと思っていた暗い物置の中だ。  ところが、さにあらず。  僕の背後にはカメラマンがいて、マイクを突き出した録音係とディレクターもいて、僕の顔にしっかりレンズの焦点を合わせていたのだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加