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―Ⅶ.週末の相談Ⅴ 昼下がりの彩石判定師Ⅱ―
ミナは、歩きながら言った。
「雑って言うのは、リシェルが、異能の扱いが巧過ぎて、要点しか押さえてないからです。つまり、それ以外が、ほったらかし。だから、全体で見ると、雑。大雑把過ぎです。そうでしょ?」
「う。そう…言われるとな…、まあ、確かに、適当、ではあるが、うう」
押さえるべき点と点を押さえているので、そのほかは、なんとなく、延長で操作している、それがリシェルなのだ。
たったのそれだけで操作ができるリシェルは、巧みではあるが、基礎が全然、できていない、というわけ。
「異能の使用頻度が少ないって言うのは、それなりの使用を重ねていれば、いくらかは全体の均衡が取れてくるものですけど、それが無いからです。これまでは、それでよかったかもしれませんが、私は、その力量にその技能では、仕事を1人で任せられません。彩石騎士としての仕事を。ただまあ、それは、私の判断で、白剱騎士の判断が優先されるでしょうけど。双王陛下は、私の判断を知って、あなたを放置はしないと思うから。準備をするんです」
ううと呻きながら、言ってみる。
「それは、君の判断に否を言わないという自信?」
「んー、それもありますけど、私の判断の根拠を知って、それでも否を言うのであれば、私には判らない必要があるのでしょう。それはそれで、仕方がありませんから、そうなった場合にも、問題無いことをしようとしています。黒檀塔はまだ、進んでいないし、様子も見たいし、負担を軽減できるなら、少しは休めますからね…そちらは、そちらの都合があるんです」
そんな言葉で締め括ると、ミナは、黒檀塔の倉庫のような部屋に入った。
そこは、彩石判定師の定める彩石の不完全体を、完全体へと変化させる部屋で、彩石の種類は、様々な色がありながらも、すべて風の系統であるようだった。
「彩石倉庫?」
確か、リシェルの記憶では、彩石備蓄庫だったはずだ。
「ええ、そうです。リシェルは、完全体と不完全体の違いは、聞きましたか?」
「ん。ああ、感知試験の時に、確かめたよ。違いは感じ取れたが、微小だった」
「今は、ここでは、不完全体ばかりを集めて、組み合わせによって、完全体に作り変えています。そうすると、大きな術の歪みが抑えられるので」
「ああ、そういう説明だったね。その時は、小さな術だったからか、実際の差も、まあ、小さい…としか、言えないかな」
確かに、驚き、感心に値する違いではあったが、言ってしまえば、リシェルには、それだけ、としか、感じ取れなかったのだった。
「ん。どうせだから、使わせてもらいましょう。リシェル、こちらに。セラム、みんなに彩石から離れるように言って。崩れるかもしれない…かなり崩れるな。折角、分けたかもしれないけど、同じ物を取り出すだけだから、ああ、あとで、ちょっと直すから、今は、退避をお願い」
「分かった」
そういうことで、号令を掛けると、あっと言う間に、倉庫内の人員が集合した。
しかも、何やら、浮足立っている。
見間違えようもなく、ミナの存在に注目して、これから何が起こるのかと、期待の眼差しだ。
「あ、先に説明しておきますね。私は、彩石判定師のミナ・イエヤ・ハイデルです。こちらは、新たに彩石騎士に名を連ねました、蓬縛騎士です。リシェル…、どうぞ、」
「ん。ああ。私が蓬縛騎士のリシェル・デトリーズだ。よろしくな」
「今回は、彼女のためのサイジャクを求めに来ました。そのため、土交じりの風のサイジャクが、それぞれの山から消えてしまいます。折角、色ごとに分けている途中でしょうが、かなりの数量が減りますから、作業が減ると思ってくだされば…。あと、それぞれの山が、崩れると思います。壁際に寄って、ああ、巻き込まれる備品などが無いか、確かめてもらえますか?もう少し待ちます」
そうして、諸事を確かめると、ミナは、リシェルと向かい合った。
両手を差し出し、相手の両手をその上に軽く受けると、ミナが語り出す。
「リシェル。身の内の異能が感じ取れますか。広がる蓬は、もはや木のようですね。育む土もあって、とても均衡がよい。周囲を撫でる大気が、緩やかに、時に鋭く吹き抜ける。さあ、仲間探しをしましょう」
渦巻くリシェルの風のなか、穏やかな笑みを見せるミナだけれど、当のリシェルは、意識しない風が、土の力を巻き込んで漏れ出ていくのに、驚きを隠せない。
騎士である自覚が、辛うじて、その行いに対して、許容を促したけれど、他者の異能を操るなんて、とんでもない暴挙だ。
けれども、止められない。
ミナの、求めに、抗えない………!
「求めるのは、あなたのためのサイジャクです。だから、助けてくれるよう、願うぐらいで、ちょうどいい。リシェル」
無視できない呼び掛けに、相手の目を見る。
その、不思議な色合いを。
「さあ。あなたの助け手を集めますよ」
「ああ…」
答えた瞬間、手元に、いくつかの小さなサイジャクが集まり、それらは、形のよいもの…球体や楕円体、直方体など、角があっても均衡のとれたものだけを残して消滅し、徐々に内包していくのは、同色…黄色と栗色がきれいな筋を描いて交ざった緑色の力。
風と、掻き集めた土の力だ。
形のよいサイジャクは、一定の力を取り込むと、床に落ちていき、音を立てるかと思ったが、別の力が受け止めて、回収するようだ。
「リシェル。集中して。このまま、しばらく続けます。自分の力の動きを感じて。私の力を感じて。適正とは、このようなことを言うのです」
リシェルは、異能ではない力のある呼び掛けに、集中し、自分の力を誘導していく、ミナの力、誘導されている、自分の力を感じていった。
それは、滑らかな曲線を描いて、予め定められた管の中を通るように、いくつものサイジャクに吸い込まれていった。
けれども、ある瞬間、不意に気付いた。
サイジャクに入れられているのは、自分の力ではない。
別のサイジャクの力だ…!
「集中を乱さないこと。乱しても、整えればいいけれど。最初から、異能を操る集中力を分けていれば、震えるくらいで、乱れないですよ」
そんな器用なことは、したことが無いが、これが、彩石判定師の求める、彩石騎士の能力なのだ…。
やってやろうじゃないのと、意気込んだ瞬間、そこまで!と、強い声がして、異能の流出が止まった。
「よし。これで、ここは、だいぶすっきりしたかな。リシェル、次は、ここにあるサイジャクを並べ替えます。さっきよりも、ごっそり異能を使いますけど、大丈夫ですか?」
「おっ。やってくれ。まだまだ、やり足りないんだ」
ミナは、にこっと笑って、はいと答えた。
思いがけず、少女のような輝きがあって、どきりとする。
「じゃあ、まずは、全部を上げて…」
手を重ねると、作業が始まり、リシェルの大きな風の異能を使って、大小様々な彩石が、倉庫の天井近くに、ごそっと上げられた。
「まずは、風。より純粋なのから…」
ミナはそれきり黙ると、しばらくして、土交じり、またしばらくして、水交じり、火交じり、と呟いていった。
どうやら、その呟きと共に分けられているらしく、終わると、色違いの山が出来上がっていた。
「ふう。リシェル、ありがとうございました。皆さん。折角、分けていたと思いますが、ごめんなさい。でも、まだ、始めて間もないはずですから、こちらの区分を参考に、合わせ方の要領を得てください。それと、合成をする人は、時々、全く違う性質を見てみたりして、正誤の混同を防ぐようにしてみてください。似たようなものを見ていると、どうしても、判断が鈍りますからね。折角ですから、何か、気になっていたこととか、聞かせてください。なんだか、具合が悪いなってこととか、ありませんか?初めての試みなので、体に不調が溜まるかもしれません。彩石湯に入った方がいいかな…」
「あっ、実は、どうも、体調が…」
そう発言する騎士がいて、ミナは、はい、と答えて、そちらに寄ると、しばらくして、笑顔を上げた。
「彩石による異常じゃないですね!よかった!正確に言うと、体に必要な成分の不足、ですね。均衡が悪くなってる。最近、極端に食べてないものが無いですか?どれかまでは分からないんですけど、これまで、あったものが無くなって、停滞してる感じかなあ…これ以上は、ちょっと、ごめんなさい、ブレネル、判る?」
ミナは、そこで探るのをやめて、ハイデル騎士団の中で唯一の医師で騎士の、ブレネル・ビートを呼んだ。
そちらは、彼に任せて、ほかの顔触れを眺め、ちょっと顔色の優れないような者に、あなたは、あなたはと尋ねていった。
結果として、過労気味の者が多かったけれど、彩石に触れたことによる異常ではなさそうだった。
最初に声を上げた青年も、ここのところ、疲労で食欲が減っていて、肉類などの摂取が極端に減っていたということだった。
若い騎士でもあるし、もともとの摂取量からの激減などがあるかもしれない、というのが、ブレネルの言葉だ。
「うん。今後も無いとは言えないから、お互いに気を付けてください。自分では気付けないこともありますから。それじゃ、そろそろ行きますね。失礼します」
そうして、ようやくこの場を離れた時には、15時の茶の時間になっていた。
「ちょっと、お水飲みたい!えっと、一番近いのは…」
「黒檀塔の喫茶室を、お借りしてはいかがでしょう、折良く、黒檀騎士がいらっしゃいますし」
ミナの付従者の1人で侍女の、ラグラ・スイツがそう言うと、いつの間にか来ていたレイノル…通称レイが、レイでいいよと、ラグラに返した。
「もちろん、個室を提供するよ。俺が居なくても、そのように。ラグラから話があったと聞いているからね」
「ありがとう存じます。ミナ、いかがでしょう」
「うん。それなら、お願いする。えっとね、そこまで熱くないお茶がいいかな!温いのは嫌だけど!あったかいの!」
急に甘えたような、少女の口振りになって、ラグラが、そっと微笑んだ。
「かしこまりました。それでは、お先に」
「うん、よろしくねー」
見送って、自分も歩き出しながら、ミナは、深い息を吐いた。
「ふうー!なんか、大仕事になっちゃった。あ、リシェル、それの使い方は、お茶の後で」
見ると、セラムが、風の力で作った籠に、先ほどのサイジャクを山盛りにしていた。
「あ、あとで…」
何か恐ろしいことを聞かされる予感がして、リシェルは戦いた。
ホールトは、ちょっと歩く速度を調整して、緑嵐騎士の従者キサに、そっと聞いた。
「ね、ねえ、今の、なに?」
「え?たぶん…いや、いや、情報共有は、ここじゃない…はず。分かんねーから、ほかのに聞いて」
「そ、そんな…」
「え、ホールト、さっきの、何があったか、判らなかったの?」
鴨嘴のキルシテンレルクが、彩石レファーレンの座席の上で、座っていた体全体を、ひょいと真後ろに回した。
「え、キルシテンレルクは、分かったの?」
「分かるよお。ミナはねえ、リシェルの力を使って、彩石同士を合わせたの。そのとき、ね、容量の大きい彩石の方に、容量いっぱいに詰まってる彩石の力をね、移動させたんだよ。だから、空っぽになった彩石が、消えちゃった!すごくすっきりしたね!」
そこに、ハイデル騎士団の男騎士、パリス・ボルドウィンが口を挟んだ。
「ちょっと待って?透虹石を介さなくても、そんなことできるの?」
パリスは、とても驚いた様子だが、キルシテンレルクの答えは、のんびりしたものだ。
「最初に、彩石を同化させてたからねえ。一瞬で、同化と、詰め込みと、切り離しをしたから、余分で切り離された彩石が消えたのよ。ミナでなきゃあ、無理だねえ。無理。無理」
パリスの疑問点とは少しずれているのだが、ミナが訂正する前に、繰り返しの言葉に合わせて、透虹石の鷦たちが歌った。
「確かに!無理ね!」
「ミナにしかー、できないのねー」
「でも内緒なのよ、キルシテンレルク」
「今はー、いいけどねー」
チェーリッシとメリダの言葉に、えっ、と、キルシテンレルクが嘴を開ける。
「内緒だった?」
「ミナはなんでもできるからー」
「内緒が多いの!しいーっ!よ!」
「わ、わかった!」
キルシテンレルクは、嘴を両手で覆って、小さな目で、あちこちを見た。
見返す顔は、どれも笑顔で、ほっと安心すると、彩石レファーレンの正面を向いて座り直した。
そうしながら、なんだか、ここは、居心地がいいなあと、思っていた。
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