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―Ⅷ.週末の相談Ⅵ 昼下がりの彩石判定師Ⅲ―
場所を変えて、黒檀塔の、個室を設置してある管理官用喫茶室。
一般騎士用の喫茶室は、私用のために複数あるが、個室は無い。
管理官用は、外部からの訪問者との会合も視野に入れての設置なので、今回、利用するような広い個室もあるのだ。
個室に腰を落ち着けて、リシェルは、先ほどの少女たちのことを話した。
「で、さ。週末の半の日に1日だけ、留学者のために、採石場を解放できないかい」
「ああ、そういうことなら、ずっと気になっていることがあるんですよ。えっと、地図…は、あとで確認しましょうね、ユーカリノ区の遊び場の近くに、彩石の泉が点在してるんです。あ、気になったのは、1ヵ所だけなんですけど、遊戯場はもっとたくさんあるから、そう考えたら、子供たちが1人で自由に歩き回っていた場所って、道の無い場所とか、ありそうですよね。一斉調査で、判り易い問題箇所は調査したし、注意喚起もしてるんですけど、だから、その辺りは、お任せなんですけど、こういう機会があるんなら、その度に、ひとつひとつ潰していくのも、ありかなと思うんです。つまり、別の機会を利用して、気になるところを消していくんです。でも、それ、やっぱり二度手間とかがあるかなって、ずっと考えるだけだったんですよね。えっと…」
そこまで話して、リシェルが、言葉をなくしていることに気付き、ミナは慌てた。
「えっと、ごめんなさい、分からないですよね?ちゃんと説明できたらいいんですけど…」
リシェルは、我に返って、身を乗り出した。
「いや、いや、解るよ。いや、ちょっと分からないかもしれないけど、言いたいことは分かったと思う。ただ…そんなことまで、考えているのかい?普段から…」
「え?いえ、だって、子供たちのことは、気になりますから、そこは親目線です」
「ああ…」
リシェルは、それでも、なんとなく引っ掛かりを覚えながら、話を戻した。
「その遊び場って、大きなとこだね?するってーと、彩石遊技場か!」
アルシュファイド王国では、遊戯場と言えば、無料の公共施設、遊技場と言えば、有料の施設で、有料施設は公私ともにあり、規模も大小がある。
通常は、ただ、ゆうぎじょう、と言えば、無料の遊戯場のことを指し、有料施設の場合は、そのように、話しながら断っておくものだ。
特に断りが無くとも、シャガラク遊技場のように有名な大規模遊技場もある。
また、無料の遊戯場の場合は、土地の名の後に、その場所にあるものという意味で、「の」と加えるものだ。
例えば、ユーカリノ区の遊戯場、と言えば、ユーカリノ区という大きな区の中に複数ある無料の遊戯場を指す。
今回の話の流れで、リシェルが出したのは、その名も彩石遊技場と言う、ユーカリノ区の公設遊技場だ。
ユーカリノ区は採石地区なので、国民なら、場所を言わずとも、ああ、と察することができる、有名施設だ。
「いえ、川の名前の…」
また度忘れしてしまったと思う途中で、リシェルが声を上げた。
「ボノア川自然公園か!確かに!あそこの側には、大きな彩石の泉があったね!まあ、あそこでは、中ぐらいか?」
「ええ、中規模採石場!以前に行った時には気付かなかったなあって、それで気になったんですよ」
「うん、うん!あそこはね、一種の穴場なの。地図で見れば明らかなんだけどね、そもそも、彩石の泉の地図って、宿の者とか、飲食店の者とかが、近場のを描いたのしか無いんだよね。軍で押さえてるのは、道沿いのとか、昔に何か問題とかね、まあ、迷子とかさ、その時に見付けたのは、書き加えるんだけど」
そこまで話して、休憩時間の終わりを意識する。
「おっと、これ以上は、仕事に差し支えるね」
「あっ。そっ、そうですねっ」
ミナが恥ずかしそうに、慌てたように笑う。
こんな風に、時間を取られて来たんだなと、リシェルは察した。
「んーじゃ、その、ボノア川自然公園、ちょうどいいから、利用することにしよう。来月の頭の朏(ひ)の日に、近辺の調査が終わるようにしてくれないか?道の方は、彩石騎士も付くから、気にしなさんな。人数とかは、追って知らせる」
「分かりました。調整します。それじゃ、移動しましょうね…。どうせだからこのまま、ウェルファルミナ・リーデに行きましょう。一言だけ、マニエリに断ってから」
そう言って立ち上がるミナに、えっ、とリシェルから声が上がる。
ミナは、そう言えば、知らされる機会がなかったかもと、思い当たった。
取り組み自体は知っていても、特定の人物が、どこで行っているのか、ということまでは、誰も言わなかったに違いないし、そうであれば、いきなりこんな言い方では、気付かないだろう。
「ああ、あの、そこで、今日は…体の動かし方って言うのかな。まだ、言い方が定まってないんですけど、それをやるので、一緒に来てください」
「体の動かし方?」
「そう。急ぎますよ、立って」
急かされて慌て、歩き始めるミナを追うリシェルとホールトだ。
歩きながら、ミナが説明するところでは、舞踊の動きを、知るための試みなのだとか。
そう言えば、あれこれと改めて覚えることがあるなかに、体術のようなもの、というのが入っていた。
気になっていたのに、確認を怠っていたなと、リシェルは思い当たる。
その点、ホールトはまだ、もっと簡単な説明しか受けていなかった。
「私は、異能の修練は、常にやってるようなものなので、体の動きを、ずっとやってるんですよね。リシェルは、必要無ければ、異能の修練の方を優先するといいですよ。ホールトは、どうかな。その辺りは、自己判断と、周りに相談するといいです」
城駐選別師マニエリに、緊急の事案など無いか確かめて、ちょっと疲労の多そうな、彼の部下の選別師たちを眺める。
彼らの疲れたような、それでも浮かべる笑顔が、なんだか不穏な影に見えるのはなんでだろうか。
見なかった振りをして、彩石判定師室へと向かうと、ミナは後片付けをするようだ。
王城書庫管理官マエステオ・ローダーゴード、通称テオもいて、やあ、これからかいと声を掛けてくる。
「なんであんたがここにいるんだ」
リシェルとしては見知った顔なので、気安く聞くと、ははと笑う。
「あれだよ、あれ、聞いてないんだっけか?」
これもかと、記憶を辿るリシェルの後ろで、声がする。
「聞いてるはずですよ。それはそうと、行きますよ」
そうして、踏み出し掛けたミナは、テオを見返った。
「そうだ、テオは?」
「あ、わ、私は、その、帰ってから…」
「分かりました。でも、それも残業なんですからね?私が言うのもなんですけど…」
「いやいや!分かってるよ!?ちゃんと部下たちには徹底させてるから!私も、間に合えばね!?」
「そういうことなら…、それじゃ、先に行きます」
そんなことで、王城を急ぎ足で出ると、進行方向に向かって動く往復路の上ですら、足を止めない。
「私が注目しているのは、舞踊の回転の動きなんです。でも、闘技としての武を修めている人たちには、余計な動きかもしれないので、その辺りは、先にやってた人たちに聞くといいです。それが始まる前に、リシェルは、サイジャクの使い方です」
その話に戻るのかと、舌を噛みそうになるが、付いて行けないわけがない。
以前とは違う振り回され様だけれど、なんだか、誰かさんと似ているなと、懐かしい思いがした。
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