留学者たちの交流Ⅰ

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       ―ⅩⅠ.週末の相談Ⅸ 次の週末Ⅴ―    まだ、アルシュファイド王国に慣れないケイマストラ王国からの来訪者たちは、今朝は揃って、学習場で顔を合わせた。 公私ともに、留学者は、それぞれの教室に入って学習、侍従と侍女は、真名(まな)や、様々な名称、計算の仕方といった基礎学習を中心にアルシュファイド王国の公共規則や交通、通信手段といった常識を学び、護衛たちは、アルシュファイド王国の常識を中心に、基礎学習の足りないところを見ながら学んでいく形だ。 侍従や侍女は、基礎学習が出来ていれば、アルシュファイド王国の常識は、良識の範囲で対応できるし、護衛は逆に、基礎学習は満たしておらずとも、この国の常識を押さえてさえいれば、相手が良識的な対応をしてくれる。 滞在期間の違いはあるが、今のところは、皆がこのような取り組みだった。 ハシアやシリルの知識の種類とその量は、カタリナやセイブと大きく(ひら)きがあったため、教室を分けて取り組まれている。 今日、朔の日の2時間目は、会話の中で使われる言葉として、場所の名称の記憶が課題となっていた。 立体地図を数名ずつで囲んで、特に詳細なレグノリア区中心地の中から、気になるところを拾い出し、これに関連する事柄や、離れた場所、その特徴などを知っていくことで、確かな知識としていく。 この教室には、公的留学者の女子ヨクサーナ・ビジーと、同じく男子のウォルトもいる。 ほかに、私的留学者の年少者…女子は、リーベル・スノー、キャニイ・ペリオット、フリュイシ・ノエル、通称シシィがいて、男子は、アモン・クールド、カガナ・フィリス、フィリップレオ・コモリーの3人がいる。 彼らの知識は、もちろん差の大きいものもあるが、今はまだ、学習場にすら慣れていないことでもあるので、知識の差よりは、行動の重なる年代別、という分け方に近い。 先週のうちに、自分たちの学びの方向性を考え、教師側に提示したので、それを受けての学習が来週辺りから始まり、食い違いなどあれば、訂正していく。 「それでは、今の時間は、ここまでとしましょう。皆さん、今は、お腹が()いていなくても、補食を摂るには、いい時間です。もちろん、無理をする必要はありません。第一は、休息を取って、所用があれば済ませるように」 授業時間としては、大陸共通で12分の1時間を計る砂時計ひとつほど、規定時間には足りないが、不慣れな異国の者たちには不可欠だ。 合わせて砂時計みっつ分の休憩は、どうしようと悩む時間も惜しいので、取り敢えず、無料の茶を提供する飲食区画へと歩き出す。 途中に潅所(かんじょ)があるので、ちょっと失礼と離れる者もいる。 ハシアは、見慣れない物をよく見たくて、短い時間にも、あちらこちらと覗いて回った。 そんなハシアに、ヨクサーナも付いていこうとしたが、アルシュファイド王国の女騎士が、さっと分かれて来て、お任せくださいと言ってくれる。 「時間が短いですから、ご自身の用を済ませますように。よろしいですか?」 「あ、ええ…」 騎士と言っても、帯剣すらしていない。 服装は、事前に説明されたから判別できるが、街中で見分けられることを、ずっと不思議に思っている。 ヨクサーナは気付けなかったが、判別できているのは、制服のように似た形であることと、色は違っても、濃淡などで雰囲気が似ているためだった。 「では、恥ずかしながら…」 「はい。必要な時に、ご案内します」 そう言い交わして、潅所(かんじょ)前で分かれる。 待っていると言わない辺り、気遣いなのだろうと考えながら、ヨクサーナは進行方向に意識を向ける。 出る時も、すぐに目が合うことはなく、それどころか、どこに()るかも分からないほどなのだが、気付くと、時間を教えたり、迷っていれば、方向を示してくれる。 ここでは役目なのだろうが、母国の騎士では、こうはいかない。 少なくともヨクサーナの常識では、侍女の役目だ。 戸惑いが大きくはあるけれど、受け入れられないことはない。 適度に手を放してくれるので、ヨクサーナには心安いほどだ。 案内の必要もなく教室に戻る途中、ヨクサーナ、と声が掛かる。 「お昼に話しましょうね」 そう言って、手を振っていく見覚えのある顔。 ウラルだと思ったときには、こちらに向かうハシアが目に入っていた。 「間に合った!急ぎましょ!」 まだ、もう少し時間はあるのだが、ハシアは、気が()いている様子。 釣られて急ぎ足で戻ると、授業が始まる前に、ジェッツィから、昼食時に皆と週末の相談があると言われたのだ、という話をされた。 話し始めには、そのことを早く話したくて気が()いたのかと思ったが、ジェッツィに気軽に話し掛けられたことが嬉しかったため、そのことをこそ話したくて、うずうずしていたのだと、様子を見るうちに知った。 短い時間だったので、それ以上のことは聞けなかったのだが、自分がウラルに声を掛けられたことも、()れ違いざまのひとときが、思い返すだけで、じわじわと温かみを増すようだ。 授業に集中しなければと自分に言い聞かせながらも、自分のこと、ハシアのこと、昼食の楽しみ、週末の楽しみ、何より、自分とハシアの気持ちが重なったことが嬉しくて、浮足立ってしまった。 気を引き締めなければならないし、今後は、嬉しいことばかりではないはずだ。 きっといろんなことがある。 「ヨクサーナ?何か、迷うことがあるかしら」 「はっ!いえっ!」 教師…アナシエ・ルルカに声を掛けられて、ぴょこっと、軽く体が跳ねる。 「うーん…考え事は、あとにしましょう?今は、集中してね」 「はっ!はいっ!」 ヨクサーナの性質として、あまり、教師など、目上の者から注意を受けることがない。 少し落ち込んでいると、そっと、温かな手が、右の肩を包み込んだ。 ヨクサーナの細い肩だからこそ、女教師でも、大人の大きさを感じる。 「さあ、皆さんも。同じ真名(まな)を続けて書くことは、体も覚えますけれど、記憶しようとすることも、能力の向上や、皆さんの自信になります。回数だけをこなすのではなく、例えば、どんな時に使うか、或いは、似た真名(まな)があるかなど、気になること、気付くことは多いでしょうから、質問を呑み込まないようにしてくださいね」 「はい」 何人かの声がして、ヨクサーナは、気を取り直し、意識を改めた。 今は、真名(まな)の書き取りの時間。 任意の回数だけ真名(まな)を繰り返して書き、各部の配置や全体の確認、そして、そのもの…読み方はもちろん、成り立ちや意味や書き順などを記憶していく時間。 この主要なところは、今は、学習要領を知ることだ。 アルシュファイド王国の学習は、学習場に限らず、独力と言っていい。 教師たちは、学ぶ者の手助けをし、気付けずにいることなど、教えてやる。 ひとつの教室に()ても、それぞれが違うことをしていることもある。 ただ、真名(まな)の学習の時間であれば、基礎、応用、専門などに分かれて、それぞれで学習進度の段階を組み、学ぶ者を分けている。 引っ掛かる者が特に多い事柄については、注目を求めることもある、そんな教え方だ。 一対一で向き合っていた自宅学習の時とは、全く違う学習。 付いて行けないことはないが、より、自己を(しっか)りと立てて、保たなければならない。 今はそんな、時間なのだ。
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