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―Ⅱ.緑嵐騎士の宴―
時間の経過としては、ファルセットが北棟の様子を見に行ったのが、今日、円(えん)の日の朝、8時より前のこと。
警護対象者の前に現地入りした、警護担当の異国の衛士たちは、8時ちょうどに入門するようにと言っておいたので、彼らを案内し終えたのが、8時半ばを過ぎた頃。
その辺りから、ジュールズやファルセットたち従者と親しい訪問者たちは、近辺の者と待ち合わせて、付近に来ており、9時少し前から、入門していた者も居た。
最初の入門者は、年少の少年たちと、それに付き合う形の騎士たちだ。
この中に、ジュールズも居る。
「ユリアラってどんな子おー!早く会いたかったのに!なのに!」
「ジュールズ、さすがにレジーネと同い年の子の母親に何かしたら、ミナは怒ると思う。すごく」
弟…とは言えないけれど、間違いなく家族の少年、ブドー・セエレンにそう言われて、ジュールズは、うぐぬと息を呑んだ。
「そっ、そんなことは…」
「ミナのレジーネに対する負い目を甘く見てる。それに、ユリアラは、あんまり先入観が無いから、ミナは気が楽なんだよな。そんな人が泣くことになったら、まあ、ほかの女の人でも、許さないけど、でも、ユリアラのときは、誰の言うことも聞いてくれない気がする」
つまり、ジュールズを弁護する声を、受け入れない、ということだ。
「うっ!そっ、そんなっ、ことにっはっ」
「ジュールズ、悪いことする?した?ミナ、ゆるさない?あわないってこと?」
保護責任を負おうと決めた少年、今は、キリュウ・デボアという名の少年は、その生い立ちから、知る言葉が少なく、理解も追い付けないながら、ジュールズの困り顔や、ブドーの冷ややかな対応をなんとかしたいと、言葉を紡ぐ。
「ふぐ!しないぞ!俺は悪いことはしません!キリュウ、しないからな!」
「うん…わかった!ジュールズは、悪いことはしない」
ブドーは、ちらっとジュールズを見上げたが、キリュウの理解が追い付かないことばかりだと、気の毒なので、そこで追及をやめた。
「ほんとに、俺も行っていいの?その…」
心配そうにそう聞くのは、イエヤ邸で滞在中の少年、ノードン・ルトワ、通称ノディだ。
「お前が気にしたら、俺たちだって気になるだろ!いいから、行こうぜ!」
言うのは、アルメリオ・リー・リット、士官学校仲間で、年齢としては、ブドーの、ひとつ下だ。
本来なら、今の時点で、ブドーはもちろん、そのほかの少年たちも、王族と関わり合うことはないのだが、友情の繋がりもあり、付き合わせてもらえることになっている。
会場に着くと、年齢を確かめて、分けられた。
イエヤ邸の住人であるブドーとキリュウ、サキ・ベリズとエオ・カーネル、そしてチェイン・コロウと、滞在者のノディ。
友人関係のメルトレイ・ヴェンスェッツェン、コーダ・ギリィ、シュリエ・リ・シェリュヌ、アルメリオ、ガス・ビート。
彼らは、オルレアノ王国からの留学者、王甥ボルドと、その学友であるルーカゼリ・ロー・バル・アガッタ、通称カジィと、ケイマストラ王国からの留学者、第4王子シリルと、その学友コウウォルト・ダズマ、通称ウォルトとともに、大きな机ひとつを囲ませてもらうことになった。
その中に、古き獣のひとつ、透虹石の狼セイエンとカットレルとツェイデンとカリエ、同じく透虹石の猨ラーマヤーガが入り、特殊な環境下で生活していたキリュウとサキとエオとチェインの様子を気に掛けてくれる。
9時半ばごろになると、女子を中心として、親世代もやってきたが、レジーネなどの幼子を連れた者たちや、その友人関係は、屋内に入っていった。
10時に近付くと、留学者たちが次々と到着し、先に席に着いていた子らや、透虹石の鳥獣と挨拶を交わした。
それから少し、茶会として、飲み物と水分少なめの焼き菓子を横に、異能を使った机上遊びが行われた。
これは、支持者遊びと名付けられたもので、基本は、ひとつの事柄に対して、より多くの支持者を得た者に点数を与えていき、最後の集計で合計得点の高かった者が勝ち、というものだ。
今回、この支持を得るのは、ケイマストラ王国の留学者たちが旅の途中で訪れた町での催しに、ちなんだものだ。
その町では、シュトーウフェルと言う豆の莢の切れ端を手に入れることができたのだが、この莢には、一定の太さの紐を通せる空洞がある。
そこで、数種の太さの紐に加工された、色とりどりの彩石を組み合わせ、手首の太さの輪にした状態で、その色合いに、どれほどの人数の支持を得られるか、ということを競う。
ここでちょっと意地悪なのが、取得する際、紐に直接触れてはいけない、という規則だ。
挑戦者は、色とりどりの彩石紐が1本ずつ吊るされた棒に、自分の異能を込めて動かし、これはと思う色合いを選び出す。
棒なので、指の太さしかなく、狙いを定めることは、それなりの難度だ。
制限時間を設け、最低3種類選べなければ、失敗ということになり、後回しにされる。
そのほかの参加者は、選ばれた色の組み合わせを支持する場合に、手元の手のひら大の支持玉に自分の異能を入れ、不服を持った場合、不服玉に異能を入れていく。
支持玉に入った異能の力量を不服玉に入った異能の力量が上回ると、その差に応じて、挑戦者の頭の上の風船が膨らんでいく、という仕掛けだ。
もちろん、膨らんだ風船は、限界を越えれば大きな音を立てて、挑戦者の頭上で破裂する。
徐々に大きくなっていく風船は、たとえ割れなくとも、なかなかに不安感を煽ってくれる。
尤も、今回のところは、破裂音は押さえるようにしてある。
大き過ぎる音は、キリュウたちのように、まだ心が確りと根を張っていない子や、穏やかな環境で育ったご令嬢には、刺激が過ぎるというものだろうから。
そんな遊びを経て、一同は、それなりに会話を交わし、親しみを持ち、昼餐の支度に取り掛かる。
あまり長い時間ではないけれど、同じ作業をしながら、いくらか個人的な会話も交わして、食事だ。
汁の味を支える出汁が、よい具合に舌を満足させ、食べやすい食事に、自分たちが下準備をした野菜など。
確りと、本来の植物の味、肉の味を知って、まだ若い彼らは、覚えていった。
食事も落ち着いてきた頃を見計らい、ジュールズは、一同に声を掛けた。
「さて!それぞれ、まだ、会話もしてない相手が居ると思う!南棟では、人以外の者たちが旧交を温めてたんだが、そっちとも交流したいと思う!とは言え、明日からまた、仕事と学習だからな!同じ滞在先の者同士で分かれ過ぎないように、茶の時間の顔触れを決めてみてくれ。場所は、北棟でも南棟でもいいし、疲れたなら、滞在先や自宅に戻ってもいいぞ!体を動かしたければ、中央棟な!さあ!分かれてくれ!」
「ジュールズ!体動かすって、何するの!?」
ブドーが声を上げ、ジュールズは、もったいぶって腕を組む。
「うーむ!そうだなあ、ただの追い掛けじゃあ、つまらんし、おっ!そおだ!音当てをすっか!こういう…」
ジュールズは、手首の振りで楽に扱える長さの棒の先に、丸い風船を取り付けて、物体に当てると、ぴこっと、かわいらしい音を立てる道具…形状としては、金槌に近いものを作り出した。
「これを当てて、音が出たら負けな!叩かなくても、当てれば音が出るぞ!狼たちとかは、おし!棒の部分を取って、これだけ!叩いて、目当ての相手に飛ばしな!あんまり遠過ぎると、逃げられるぞ!」
「面白そう!」
セイエンが、発声器である彩石狼に声を上げさせる。
「痛くない?」
心配そうにキリュウが聞き、試しに、自分で自分の手を叩かせてみる。
「このくらいだ。大丈夫だろう?」
ジュールズの言葉に、納得して、キリュウは、笑顔を上げた。
「うん!大丈夫!」
「よおし!そんじゃあ、やりたいやつ、集まれな!この機会に憂さ晴らしとか、俺が許す!」
そんな声を聞いて、若干、期待に頬を赤らめる者がいたりして。
緑嵐騎士、交流の宴は、もう少し、続いた。
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