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―Ⅲ.週末の相談Ⅰ 少女たち―
円の日の緑嵐騎士の宴は、少女たちが親しむのに、充分な理由をくれた。
これまで、家族としか接することがなかったメルティラン・ヴェンスェッツェンは、ちょっとだけ目上だけれど、少女たちと友だち付き合いできるようになって、夢心地だった。
孤児のうち、年少の女の子4人は、場の雰囲気や、知らない人には警戒をしていたけれど、控えめ過ぎる、ということもなく、目下のメルティランのことを、ちゃんと構ってくれた。
孤児保護施設で、目下の子たちと多く接していた経験からなのだろう。
メルティランとしても、まだ、アルシュファイド王国に来たばかりの4人には、自分で教えてあげられることも多く、結果として、年齢差は、知識と、心の育ちの、互いでの均衡が取れて、よい纏まりの5人となったのだった。
暁の日から、学習場での学習を行う4人の少女たちと話していて、メルティランが、一緒に学びたいと思うようになるのに、時間は掛からなかった。
私も、一緒に行きたいなと、呟くメルティランの声を聞き付けて、ミナは、彼女の母、ニーナカタリナ・ヴェンスェッツェン、通称ニーナの答えに耳を傾けた。
「でも、あなたが行くのなら、年齢がふたつ?みっつも違うのだし、教室は分かれるのではないかしら」
その言葉に、メルティランは、明らかに肩を落とした。
「そうとも限らないんじゃないかな。メルティランの知識は知らないけど、ほとんど外に出たことが無いなら、経験っていうことは、アルシュファイドに居ても、外国から来た子と、それほど差があるとは思えないけど」
ミナは、学習場で学んで育ったので、アルシュファイド王国の街中での常識も経験しながら学んでいたが、メルティランのような、屋敷育ちは、書物からの学びで、知識量は多いかもしれないが、実体験が少ない。
メルティランは、ミナの言葉に望みを見付けて、輝く顔を上げた。
「ハシアラとミリティエとは、ひとつしか違わないわ!お願い!」
「そうは言っても…」
困ったように、ニーナは周囲の親仲間を見た。
もちろん、夫のドリュート・ヴェンスェッツェンも。
「んん?まあ、そうだなあ…」
いくらか、学習場までの行き帰りが心配ではある。
「集団で過ごすことは、本人の、やる気次第じゃないかな。メルティラン、学習場には、ほかの子も居るんだよ」
ミナが言うと、メルティランは、不安そうに見返してきた。
「いろんな子がいる。優しい子も、意地悪な子もね。教師は、ほかの子の意地悪を止めてはくれるけど、あなたを庇うためじゃない。あなたはもちろん、誰かを苛めた子が、この先、困ったことにならないように、どんな対処があるのかを、教えるためだよ。だから、泣いてるからって、抱き締めて慰めてくれるばかりじゃない。厳しい言葉を言うこともある」
メルティランは、顔色を悪くする。
不意に、学習場が、とてつもなく恐ろしい場所に思えた。
それを見て、ブドーの双子の姉であり、ミナの養い子であるジェッツィが、メルティランに寄り添った。
「ぅもお、ミナ!?学習場は、そんな怖いとこじゃないよ!?」
ミナたちは、既にイエヤ邸に戻っていて、明日の予定がないニーナや、セイレイナなど、夕食を共にしようと、来ているところだ。
盛大に抗議されて、ミナは笑った。
「うふふ、ごめんね。でも、あなたたちのところは、道理を知ってる大人の方が多いからね。子供ばかりの集まりというのは、時に怖いものなの。それは、あなたも、知っていた方がいいわ。ねえ、ジェッツィ。あなただって、知らないことがある。正しいことを知らないときがある。まだ、知識すら、不充分な子供のなかで、それは間違っているって、正せる人ばかりではない。自分で、立ち向かっていかなければならない。今、あなたが、そうしているように」
ジェッツィは、はっと息を呑んで、自分が、ひどく余計なことをしたと、思った。
メルティランのためには、ジェッツィは、彼女を庇うべきではなかったのだと、そう思った。
ミナが、ただ考えなしに、小さな子を怖がらせるわけがないのに。
しゅん、と落ち込んでしまったジェッツィを、ミナは、困ったように笑って見ていた。
ジェッツィは、悪いことなんて、していない。
それでも、ジェッツィが、あとほんの少し、行動を遅らせていたら、メルティランは自分で、ミナという、意地悪な大人に立ち向かえていたかもしれないのだ。
「ジェッツィ、でも、言い過ぎだったわ。止めてくれて、ありがとうね」
ミナの言葉に、ジェッツィは、はっと顔を上げ、そして、困ったような、不安なようなミナの顔を見た。
誰かにとって、嫌な事を言うことは、とても神経を磨り減らす行為だ。
ミナは、それほど意識して話してはいなかったが、それでも、養い子に嫌われると思うことは、辛いことだった。
ジェッツィは、風が動くようにミナに抱き付いた。
「ううん。私も、ありがとう。考えてみるね」
ただただ、従うのではなく。
考える。
その言葉の是非を。
ミナは、重みを共に負ってもらえた気がした。
自分が育てた子ではない。
ここまで育ててくれたのは、彼女の両親で。
ミナは、かけがえない出会いをもらったのだ。
「うん」
ユリアラは、ふたりの遣り取りを見ていて、ほうっと息を吐き、いいなあ、と呟いていた。
こんな大きな娘、今すぐ居たら、育てられる自信はないけれど、こういう、娘だからこその、柔らかな触れ合い、遣り取りが、とても羨ましかった。
自分だって娘だし、母とこんな遣り取りは、した覚えがないけれど。
「うん、うん。娘はいいわあ」
頬を染めて、同意するのは、セッカだ。
自慢の養い子、ウラル・ギリィは、ちょっと困ったような顔をした。
色々と思うことはあるけれど、一番強く思ったのは、自分は、兄を2人も得て、とても貴い気持ちをもらったということ。
でも、それは、まだ、うまく言葉にできない。
恥ずかしさもあるし、自分などが、そんなことを言ってもいいのかと、そんなふうに思う。
そんなウラルの横に、すっと、新たに出来た兄の1人が立った。
見上げると、優しい笑顔で、ゆっくりと、そっと、ウラルの頭に手を置いた。
暖かな重みが、一瞬だけ伝わる程度に。
「それでも息子は、母と妹を大事に思うよ」
ファロウル・シア・スーン、通称ファルは、そう言って母、セッカを見る。
「あっ、あら、もちろん、息子も大事よっ」
「よかった。ユリアラさん、クランはもうすぐ、来ますよ。帰りは、同じ方向だし、て言うか近いし、一緒に帰りますよね。付き添いがなくなっても、同じ方向の子が居るのを知ってたら、不安も減りますから」
「あ、それは助かるわ!ラテリアとファルレイヤは、年齢が上だから、下の4人と別行動が良いこともあるし、場合によっては、多くなるもの。それに、ウラルたちに、色々と教わることは多いと思うわ。ただ一緒に過ごせるだけでも、いい経験だと思うから、よろしくね」
ユリアラは、最後は、ウラルとジェッツィ、そして、イエヤ邸滞在中のキサリ・カノーラに向けて言った。
「そうね。私にとっても、いい経験だわ」
はきはきと返すのは、キサリ。
きっぱりさっぱりとした子なので、言葉は強く鋭いが、悪意があるわけではないし、優しさがないわけでもない。
案外、こういう子が、自分たちの預かり子たちを、強く育ててくれるのかもしれない。
「ええ、キサリ。アルシュファイドとは違う価値観は、難しいけれど、得難い学びね」
ミナの言葉に、なるほど、価値観ねと、呟く。
キサリは、アルシュファイド王国の者の中でも、変わった価値観の持ち主だ。
だからこそ、気付けないこと、気付くことが、きっとある。
「やあ!食事に間に合ったようですね!よかった!」
賑やかな声は、ユリアラの夫、クラン・ボルドウィン。
「どうぞ、ちょうど調いました。お食事にご案内して、よろしいでしょうか?」
イエヤ家の家令グィネスが、伺いを立て、デュッカが了承で応じる。
少女たちのお喋りは、あともう少し、続けられそうだ。
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