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―Ⅵ.週末の相談Ⅳ 昼下がりの彩石判定師Ⅰ―
今日のミナは、昼より前に、土の宮公ロアセッラ・バハラスティーユ・クル・セスティオ…通称ロアと、水の宮公カリと共に、レテ湖に用事があって来ていて、食事後、別れたばかりだった。
「何があったんだい」
軽く聞いて、リシェルは、内容を知ると、ジュールズが処理するんだよねと確認して、聞かなかったことにした。
従者ホールトは、そんなリシェルを責めるように見たが、逆に、にまりと笑う目に射竦められた。
「で、あんたは、こんなことがある度に出張ってんのかい」
王城に戻りながらそう言って見るのは、この件では、あんまり関係のなかった風の宮公。
デュッカは堂々としたものだが、ミナの方は、小さくなる。
「ごっ、ごめんなさい…」
謝る以前に、なんとかするのが誠意なのだろうが、こればかりは、自分への甘さが原因とも思うので、上辺だけと言うしかないミナだ。
でも、いつもいつもこれでは、いけない。
もう、一児の母なのだし、何年も務めているのだし、この辺りで、態度を決めなければ。
「わ、悪いとは思いますが、改められません。申し訳ないけど、必要を認めて欲しい!」
立ち止まって、でも、顔は上げられない。
デュッカが抱き締めてくれるけれど、ここでは、だめだ。
片手で夫を押し返し、意を決して顔を上げる。
リシェルの、ホールトの驚いた顔。
どうしようと、言うべきことを探していると、リシェルが口を開いた。
「よい状態とは言わないが、今すぐどうこうしろとは言わないし、思わない。ただ、このことは、私も考えさせてもらおう」
その答えは、ここが往来だからだろうと、ミナは察した。
「分かりました。よろしくお願いします」
努めて冷静に頭を下げると、すぐに上げて、デュッカを睨むように見た。
デュッカは、そっとミナの頭を、ひと撫ですると、何も言わずに、この場を去った。
「行こうか」
促して歩きながら、リシェルは言った。
「この件では、デュッカの特異性が冷静な声を封じてきたんだろう。だが、数年後も同じとは、限らない。或いはそれは、既にあるかも分からない。だから…覚悟だけは、してあるのなら、これ以上は、今、言うことではないね」
「はい」
耳に痛かったが、これまで、本気で向き合って来なかったのは、自分だ。
ミナは、以前に自分が口にしてしまったことを、考え直すべきかと考えながら王城への道を歩いた。
アークへの報告は、付従者の選別師ユクト・レノンツェと、同じく付従者で収集官見習いのテナ・ローダーゴードが手を挙げてくれたので、ハイデル騎士団団長ムティッツィアノ・モートン、通称ムトの口添えもあって任せることにし、彼らの直属の上司への報告も済ませてから、何事もなければ、そちらの指示に従うということで分かれた。
「あの子らは、君の部下じゃないのかい」
聞くリシェルに、ミナは、うーん、と、答え方を考える。
「彼らは、支援班ですね。指示は出すけど、部下では、ないかな?うん。師弟でもないけど…ああ、私からすると、記録者という位置付けですかね。ユクトは、技能の写実者、テナは、技術の記録者かな。そう考えると、良さそうです」
「ふうん?ところで、これからどこへ?」
「ええ、彩石判定師室に戻って、今日のことでも書き残します、判定師として。あとは…マニエリの所に行って、何か用事があるか聞こうかな。選別師の配置を頼んだところが、いくつかあって、その経過を知りたいんです。それ次第で…今日はもう、終わりかな。彩石判定師室で、のんびりです」
まだ、昼の茶の時間には、早い。
その内容なら、丸2時間ほどは、暇ということになる。
リシェルの考えでは。
「え、15時から、のんびりかい?」
「いえ、まあ、既にのんびりしたもの…あら?そう言えば、リシェルは、修練をしているんですっけ?」
「え?」
「王城勤務の者は、緊急性の高い者から順に、色々と習得することがあるんです。リシェルのその様子だと、修練をまず、きっちりやらないと。なんとなく、こちらの様子見かと思ってましたけど、それぐらいなら、修練しましょうね。サイジャクを出してください」
「え?て、ああ、これ?」
先週に、デュッカから受け取ったサイジャクを取り出すと、ミナは、一瞬、思考に空白を作ったようだった。
すぐに、気を取り直す、という様子を見せて、サイジャクを受け取った。
「うーーーーーーんー………」
気になる呻きを漏らして、ぴたっと立ち止まると、すぐに再び、カツ、と音を立てて歩き出した。
「リシェル、来て。黒檀塔に行きます。セラム、レイに、リシェル向けのサイジャクを貰うと通達して。不完全体を消すので、結果を確認するようにと。追って、状況を通達するとも」
ミナの護衛の1人、男騎士のセラム・ディ・コリオが了承を示し、黒檀塔の責任者である黒檀騎士レイノル・アッカード・ザインに伝達を飛ばす。
「な、なんだ?」
「リシェル、彩石騎士がそのままでは、いけない。彩石判定師として、改善を求める。つまり、異能の取り扱いが雑です。これまでは、異能を使う機会が少なかったかもしれないけど、今後は、力量の大きな者は、率先して異能を使用することになると思う、公にです。異存があるなら、引き返して双王陛下の意向を確認してもらって構いません。私はこのまま、黒檀塔で準備します」
早足で歩きながら、横を歩くリシェルに、少しだけ視線を当てる。
そして言い終えると、進行方向を見据えて、慣れた道を通るように歩いて行く。
リシェルは、言われたことを頭の中で繰り返しながら、考え、そして、雑、とか、少なかった、とか言われたことに、小さくない反発を感じたけれど、先ほどまで、ゆったりのんびりしていたミナが、急に勢いを持ったことに、興味を引かれた。
頼りないだけの子じゃなさそうだと、にやりと笑う。
「言われただけじゃあ、ぴんと来ないね。何をするのか、見せてくれ」
ミナは、ちょっと笑って、リシェルを見た。
「はい」
そう言うと思ったと、そんな言葉が続きそうな、笑みだった。
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