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ニトとホトニルの小さな冒険
―Ⅰ.そういうことで―
昨今のアルシュファイド王国は、何かと賑やかだ。
そんななか、新たに知り合ったアキュラシュ・ボルドウィンに、同い年のホトニル・ニレイ・ファストを奪われた気がしないでもないニト・クーディ・レイ。
まあ、目下の、マディク・レズラ・ユヅリの我が儘に付き合うことで、気が紛れたり、マディクと同年のレジーネ・イエヤに癒されたりで、それほど気にするわけでもないけれど。
「ふふ。マディクは、甘え上手になってきたねえ。賢いねえ」
「そっ、それは褒め言葉ではないですよねっ…ああ、でも、否めない…」
大人たちの呟きは、解るような、解らないような。
ニトは、ちょっとだけ、レジーネの母ミナ・イエヤ・ハイデルを見上げて、彼女の瞳を見つめる。
瞳孔と虹彩の色が、少し違って、きらきら光る彩石(さいしゃく)のようできれいだ。
まだ、そんな言葉、形にできないのだけれど。
「ん?ニト。どうかしたかな?」
「お前に見惚れているんだ。幼子と言え油断出来ん」
ちょっぴり硬質な声を上げるのは、彼女の夫デュッセネ・イエヤ、通称デュッカだ。
いくらなんでもと、ミナは笑顔が引き攣る。
「本気じゃないですよねー…?」
「ふん!」
答えないことで、最大限の抗議とするデュッカだ。
「ニト。キューがあっちって」
呼ばれてそちらを見ると、一所懸命ホトニルを引っ張るアキュラシュ…彼らの中ではキューが、目に入った。
「どこだろう?困ったな。今、ユリアラが居ないし」
ミナの呟きが聞こえる。
付いて行くのは簡単だけれど、もと居た場所にアキュラシュの姿が無ければ、ユリアラ・ボルドウィン、彼の母は、きっと驚く。
どの程度の驚きにせよ。
ニトは、ミナを見て、アキュラシュを見た。
「キュー、だめ」
「だめー!」
マディクが真似をして、レジーネが、真似をしたものかどうかと、ニトとアキュラシュを見比べた。
「だめー!」
アキュラシュも、真似…だろう、言い返して、ぐいぐいホトニルを引っ張る。
「キュー、ホトニルが、いたいよ」
言うと、アキュラシュは、ぴたっと動きを止めた。
「うーん…。何か理由はありそうだけど…」
ミナが呟くと、デュッカが周囲を探って、分かったと、アキュラシュの頭を撫で付けて、席を立った。
このように、ミナの側を離れるデュッカというのは、珍しいことだ。
「まあ、珍しい!」
思わず、マディクの母、カリ・エネ・ユヅリが声を上げた。
ミナは笑って、アキュラシュの頭を撫でた。
「デュッカが、代わりに見に行ってくれるって。ちょっとだけ、待ってね」
そんなことを話していると、ユリアラが所用から戻って、何かありましたと聞いた。
「いえ、大丈夫。それより、そちらは?」
「ええ、無事に全員、到着したみたいで。今は、顔合わせと、役割分担を決めているようです」
そこへ、デュッカが戻ってきて、連れてきたぞと、声を掛けた。
目を向けると、何やら周囲に、小鳥がたくさん飛んでいる。
「え?鷦…たちじゃない、源始とかかな?」
「1羽、足を痛めたようだな。心配して騒いでいたんだ。アキュラシュは風も強いから、聞こえたんだろう。レジーネにも聞こえたろうが、どうしようとも思わなかったか、どうすればよいか判らなかったか、まあ、たぶん、両方だろうな」
その辺りは、デュッカの方が理解は近い。
アキュラシュの示しが無ければ、デュッカ自身、聞こえた鳥の鳴き声の、発された思いまでは、聞き分けようと思わなかった。
少し騒がしいので、遮断していたくらいだ。
レジーネは、まだ、ひとつひとつの事柄に対して、認識の分類からしている状態なのだろうから、小鳥たちの声を悲鳴と聞き分けていても、自身が声を上げるまでに行う、様々な事柄の認識の分類と確定が、あまりに多くて、対処ができない。
そこへいくと、アキュラシュは、何よりも、飛び抜けて賢いことと、マディクに倣って、我が儘を通す基準を探り始めているほどなので、気になったから確かめたい、程度でも、我意をきちんと示してくるのだ。
ほんとう、同じ年齢だからと言っても、成長も、性質も、全く違うのだ。
「そっか…。あ、ねえ、あなたたち、言葉を話すかな。説明できる?」
「あなたたち」
「わたしたち!」
「わたしたち」
「なんの説明?」
誰が話しているのやら、全く分からないが、なんとか、会話を繋げられそうだ。
「えっと、私は彩石判定師のミナ・イエヤ・ハイデルです。あなたたちは、鷦の姿をもらった小鳥たちなの?」
「そうよ」
「そうよ」
「そうだよ」
「そうなの」
「鷦たちに会いに来たの」
「いない」
「いねいね」
「どこにもいないね」
「鷦たちなら、ここにも居るよ。ちょっと、どこかは判らないけど…あ、隣の家に、ムーリスファイなら居るんじゃないかな?」
そう言うと、小鳥たちは、デュッカの作った鳥の巣擬きの中で動けない仲間の許に集まった。
「ムーリスファイだって!」
「ムーリスファイだよ?」
「ムーリスファイだもんね」
「ムーリスファイ!」
どういうことか、たぶん、性質として、苦手としているのかもしれない。
透虹石(とうこうせき)の鷦たちは、概ね、この小鳥たちと似たように、仲間内で言葉を頻りに繰り返す性質なのだが、それは上辺だけで、一羽一羽の個性が立っている。
こちらの小鳥たちは、どうだか判らないが、その上辺の対応をなぞるようだ。
今日は、いつも幼子たちに付いていてくれる透虹石の狼ヘリオスリートも鷦たちも、新たな活動区画の探索に行ってしまって、居ないのだ。
「ムーリスファイは、あなたたちから見て、どんな子なの?」
ミナに聞かれて、小鳥たちは一様に、嘴を半開きにして中空を見上げた。
やがて呟かれる言葉。
「おやびん…」
「おやびん…!」
「おやびんは格好いい」
「おやびんは怖い」
「おやびんは偉大…!」
そう言う割には、ちっとも敬いとかが感じられない。
どちらかと言えば、怖い、が一番の印象…というものか。
「まあ、その子が心配なら、しばらくここにおいで。すぐに鷦たちには会えるわ」
そう言うと、小鳥たちが一斉にミナを見た。
「ミナ、やさしい!」
「でも厳しいかも!」
「ムーリスファイと会うの?」
「守ってくれる?」
本当に素直な発言ばかりのようだと、ミナは、笑ったものか迷いながら、でも笑ってしまう。
「守らなきゃならないほど、ムーリスファイが酷いことすると思ってないよ。でも、もしものときは、話を聞いてあげる」
「厳しい!」
「ミナ厳しい!」
「彩石判定師だから?」
「彩石判定師ってやつは!」
その発言に、ミナは、はっと息を止める。
「あなたたちも、アルトリーデを知っているの?」
そう言うと、小鳥たちは沈黙した。
しいーん、と、長い沈黙が落ちて、不意に、ニトが動くと、手近な小鳥の頭を、指先で、そっと撫でた。
それは、いつも居る、鷦たちとの交流で培われた接し方だった。
撫でられた小鳥は、ぶわっと、体の羽毛を広げて、気持ちよさそうにニトの指を受けた。
「ふうぅ…」
満足そうな声まで出て、ほかの小鳥たちが、色めき立った。
「わたしも、わたしも」
「わたしも、」
「僕も」
「俺も」
「僕も」
小鳥たちは,20羽近く居るので、ホトニルが、ぼくでもいーい?と聞いてきた。
「痛くしない?」
「がんばる」
「じゃあ、どうぞ!」
「うん!」
そうして、満足そうな小鳥の声。
ミナは、その様子を見て、そっとデュッカに耳打ちし、了承を得てから、ニトの保護責任者であるセッカ・シア・スーンと、ホトニルの母であるセイレイナ・ファストに、小さな子たちの冒険を提案した。
それは、隣の敷地のイエヤ邸まで行って、ムーリスファイに、小鳥たちのことを知らせること。
ちょっと、子供に与えるには、難しい指令だが、今は、敷地内に助けてくれる者たちが多いので、達成できるのではと考えることができる。
一通り、小鳥たちが満足したのを見て、ミナは言った。
「それじゃ、ニト、ホトニル。お使いをお願い。2人でイエヤ邸に行って、ムーリスファイに、この子たちが来たって知らせて来るの。そうして、どうしたらいいか、聞いて来てね。2人、この輪っかの中に入って、ボゥは連れて行っていいよ。ホトニルにも、作ってあげようねえ」
もともと、ニトには、小鳥にも変化する彩石ボゥを与えていたので、デュッカが、以前と同じに、今度はホトニルのために作ってやった。
「よし。これは、地図だよ。黒で囲った橙色の丸は、ニト。赤い丸は、ホトニルだよ。今、ここは、この部屋ね。こっち来てごらん……ほら、動いた。これで、自分たちがどこに居るか、判るんだよ。ここに触ると…」
『イエヤ邸!ムーリスファイが居るところ!』
地図から、高い声が上がった。
ちょっと、びっくりしたけれど、すぐに理解する。
「この地図を、ここに固定して…一列になると、こう、先頭のとこに来るからね。自由に動いていいよ。行って帰って来られる?ここは、ジュールズの仲間の家。緑葉の雫よ。レイネムのおうち、と言ってもいいかな?どう?覚えられる?」
「………」
ニトは、ちょっと考えて、答えた。
「レイネムのいえ…ここ」
「うん、そう!ホトニルは、解る?」
「ジュールズのなかまのいえ。レイネムのいえ」
「そう、そう!どこに行って、どうするのかな?」
ニトが言った。
「ムーリスファイがイエヤていにいるから…」
「ことりたちがさがしてるって。いうの」
「そう、そう!終わったら、戻っておいで!じゃあ、準備は、いーい?行ってらっしゃい」
そうして、送り出されると、察したマディクが、アキュラシュが、泣き喚き始め、レジーネも、しばらくすると、目の端に涙を溜め始めた。
「ふふっ!すぐ戻ってくるわよ」
レジーネを抱き上げて、ゆっくりと背中を撫でる。
マディクの相手をするカリと、アキュラシュの相手をするユリアラは、大苦戦だけれど、それも、親としての学びで、親子の関係構築の一助だ。
ちょっとだけ、デュッカに寄り掛かりたいなと思いながらも、ミナは、自重して、落ち着いたらしいレジーネを、床に戻した。
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