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6
小さなホールにて、公演は行われる。道具は先に搬送されているため、直接現地に集合だ。
心が騒いでいる。昨晩も今朝も落ち着かず、上手く眠れなかった。出発も急ぎすぎて、到着時、会場にいたのは先輩だけだった。先輩は壇上から客席を見下ろしていた。
軽く挨拶しあい、鼓舞の変わりに微笑み合う。真横から同じ世界を眺めると、広がる光景に圧倒された。
無人でこの圧力だ。有人となったホールをイメージし戦慄く。斜め下へ目を逸らすと、先輩の震える手が見えた。
やはり、怖いのだ。場数を踏み、完璧に演じられる先輩でも怖いのだ。
「……先輩、あの、こんな時にって思うかもしれませんが……先輩はどうして、演劇をしようと思ったんですか?」
目が合う。緊張気味に驚いていた先輩は、少し間を開け苦く笑う。それから、両腕を後ろで組んだ。
「…………変わりたいと思ったの」
理由が、心の深くに染みていく。
「自分が、嫌いだったから。喋れないのが嫌で……えっと、自信とかつくかなって……まぁ、結局素の方は変えられなかったんだけど……」
先輩と僕は、よく似ている。人が苦手で、自信がなくて。それでも先輩は踏み出して、自分を変えようとした。
「で、でも、先輩は素晴らしいです。僕は素敵だと思います」
素の姿が変わらなくとも、先輩は充分魅力的な人だ――そう伝えたかったが、適切な表現はできなかった。
僕の憧れた人が、どこまでも快活な先輩じゃなくて良かった。今はそう思う。
「……僕も変わりたいな」
「ありがとう……そうやって思ってくれたなら本当に嬉しいよ」
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