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集合時間十五分前になり、ようやく大体のメンバーが揃った。残りの数人を待ちながら、設備を整えていく。僕と先輩も、各々の持ち場へと散った。
舞台裏にて、単独で道具の移動をする。
十分前になり、どこかで騒ぎ声がした。それは瞬く間に伝染し、僕の方まで流れてくる。ただ、内容は聞き取れず、不穏な空気だけを飲む羽目になった。
ただならぬ気配に呼ばれ、足が勝手に動き出す。誰かに訪ねる勇気は持てず、事情を察知できるまで歩き続けた。
そうしている内に、ステージに着いてしまった。
数人に囲まれ、先輩が暗い顔をしている。狼狽えていると目が合い――反らされた。空気から、かなり深刻な何かが生じているのだと悟る。
成功への願いが、強くこだました。多大な勇気を必要とはしたが、近くにいた生徒に事情の説明を求めた。
生徒が口にしたのは、ある役者の欠席だった。誰が代役を演じるかで議論中らしい。
唖然とした。危機となっている役――ウィリアム役の台詞が脳内を独りでに駆けはじめる。最終的には、全ての台詞が繋がった。一字一句、抜けることなく全て。
僕なら、台詞を読むことはできる。だが、役を買う勇気は出ない。
先輩は、ずっと俯いたままだ。恐らく、僕が記憶していると知った上、口を噤んでいる。僕を巻き込まないように。
「ぼ、僕……ウィリアムの台詞全部言えます! え、え、演技は……下手かも……しれないけど……」
思わず手を挙げていた。飛び付いてきた視線に圧され、声が萎れて行く。
認知されていないようで、怪訝な顔で僕の名前やポジションを確認しあっていた。
「確かに演じられそうな人は皆役を持ってるし、台詞全部覚えてる人はいないけど」
「動きとかもあるしね。他の部員も合わせられるかな」
「うーん。二、三年はいいとしても一年がねー」
会話からあぶれないよう、必死で唇を読む。
確かに、掛け合いのシーン以外、僕は動きを身に付けていない。一応、頭には入っているが実践未経験だ。それに、初舞台の経験者は何も僕だけじゃない。戸惑わせてしまうのも目に見える。
「私が導きます」
空気を切り裂き、声が響いた。
「合図だしたりとか、します」
覚悟を宿した先輩が、鋭い視線の中で公言した。
「それに、林野くんなら大丈夫だと思う」
後押しが注ぎ込まれ、空気が一変する。皆の表情に明るさが灯り、険悪さは消えた。
「花ちゃんが言うなら大丈夫か。まぁ、今回は流れを楽しむためのものだしね」
「お客さんも分かってくれてるやつだしね。よし、やってみよ!」
「まぁなんとかなるでしょ。じゃあ、私一応皆に伝えてくるー」
「そういうことだから宜しくね林野くん。フォローはするから、あんま気張んないでいいからね」
「あ、が、頑張ります!」
空気の変化に伴い、先輩の顔にも晴れ間が戻る。次の瞬間には、固い笑みで笑いあっていた。
*
舞台袖から、賑わいはじめた客席を覗く。着なれない衣装とリハーサルのミスで、固まった体が更に強張った。不意に、震える手を握られる。
「……ありがとう、頑張ろうね」
そういった先輩の手も、微笑みに反して震えていた。
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