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元々が終わりの遅い部活だ。部の全員が撤収する頃には、学校は静寂の中にある。
僕も流れのまま一時は帰宅した。だがイヤフォンの置き忘れに気付き、戻ってきていた。昼休みに使用し、机に入れっぱなしにしていたらしい。
確保し、再び帰路に付こうとした時だった。やや遠く――恐らく部室から、先輩の声が聞こえた。
静かな世界の中、導かれるよう声を辿ってしまう。扉からそっと覗くと、想像通り先輩が台詞を奏でていた。部屋の中央にて、役になりきっている。染み渡る声が、僕の脳を喜びで染め上げた。
だが、心地よい声が突然消える。変わりに視線が飛ばされていた。
頭の中で先輩に呼ばれる。どう返事をしようか――考えていたが一行に現実にはならなかった。気まずさを生むほどの間が出来上がっていく。
「――すれ――すか」
そんな中、不意に作られた声に固まる。相手が先輩だからと油断しきっていた。
聞き逃した呟きの答えを想像――しようとして気付く。先輩の口が、まだ動いている。戸惑いを含んだ笑顔を、僕に向けながら何かを言っている。
先程の呟きも、今紡がれている声も、全て一人言ではなかったようだ。恐らくは、僕に語りかけていた。
思いがけない展開に、心が毛羽たつ。今からでも言葉を読もうと努めたが、既に唇は結ばれていた。
小さすぎる声も、自信なさげな態度も、何もかも違う。僕の憧れていた先輩とは、何もかも。
あまりのギャップに冷静さを失う。場の納め方が分からず、僕は一礼だけ残して部室を去った。
どうやら先輩は、ステージを降りるとシャイで人見知りになるらしい。
あの後も部活に赴き、自然と目で追っている内に確信した。理想と逆の姿を目にする度、身勝手に落胆してしまった。
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