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忌一と叔父の住む一軒家へ辿り着くと、茜は買い物袋を片手に玄関の呼び鈴を押した。暫くしてすりガラスの玄関扉がガラガラと開き、中から叔父が現れる。
「おや、茜ちゃん久しぶり」
「お久しぶりです、叔父さん。忌一は二階に居ます?」
肩越しに中を覗こうとすると、叔父は怪訝な顔で茜を見つめた。
「いや。さっき来たのがてっきり茜ちゃんかと思ったんだが」
「え? どういうことですか?」
「ついさっき誰かが来て、忌一が『近所のカフェへ行く』と言って出て行ったんだ。一瞬見えただけだけど忌一より随分小柄だったから、てっきり茜ちゃんが来たのかと……」
そこまで聞いたところで、妙な胸騒ぎがした。これが世に言う“女の勘”なのかもしれない。
居ても立っても居られなくなり、叔父が呼び止めるのも聞かずに茜は、踵を返してカフェへと走り出していた。
*
忌一の家からすぐそばの大通り沿いに、そのカフェはあった。週末の午後ともなるとお客で賑わっているのか、店の大きなガラス窓越しに店内の混雑ぶりが伺える。よく見ると、窓際のテーブル席に忌一の姿を発見した。
そしてその向かい側には、肩下までの長めの黒髪に緩やかなパーマをかけた美人女性が、談笑しながら座っている。
(あいつ!!)
勢いよく入店した茜は、店員の案内を無視して忌一のいるテーブル席へ真っすぐ向かうと、彼の真横に仁王立ちして、持っていた買い物袋を彼の顔面目掛けて投げつけた。
「疲れてるから外へ出たくないとか言ってたくせに、この人とならデートするんだ!?」
寝癖が撥ねたままの忌一は「茜!? 何でここに……」と目を白黒させている。それはまるで見られては不味いものを見られたような、後ろめたさのよく伝わる態度だった。
対して向かい側の女性はさして驚いてもおらず、興味深そうにこちらを上から下まで品定めするような目で見つめている。
「松原君。この可愛いらしい娘はもしかして、あなたの彼女?」
女性はにっこりと微笑みながら言う。忌一はおもむろにテーブルの下へかがむと、床に散らばった買い物袋の中身を拾いつつ、
「いいえ。茜は父親同士が兄弟というだけの、ただの従妹です。それ以上でも以下でもありません」
と、はっきり答えた。その瞬間、茜の目に映る世界がぐにゃりと歪む。
(何それ……。じゃあ忌一はあの時、ただの従妹にキスしたってこと?)
彼に奪われたはずの唇が、わなわなと小刻みに震え始める。
忌一は一向にこちらを見ようとはせず、淡々と落ちたものを拾い終わると、じっと向かい側の女性を見つめたまま、
「茜。悪いけど、彼女と二人きりにしてくれないか?」
と言った。
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