第一章 「悲しみの墓守」

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第一章 「悲しみの墓守」

 天には黒衣に宝石を(つか)んで何度も投げつけたような、多くの(きら)めきがあった。それらの(またた)きが音となって降り注ぎそうなほどの静寂の空気に、一度、二度と、土を掘り返す音が割り込む。  星のローブの真下には広大な森が広がっているが、それらは人間がよく知るそれとは幾らか異なっていた。  風に押されて揺れる葉は巨大で、一枚で小柄な獅子など隠せてしまいそうだ。その大きな葉が枝から伸びているのではなく、樹木のように(たくま)しく育った太い茎から伸びている。先端には朝日を浴びればすぐにでも開花しそうなぼってりとした(つぼみ)が、これまた通常知るそれとは異なる次元のサイズで乗っている。周りを取り囲む雑草も同じく、遥か天を突くほどの勢いで伸び広がっていた。  その巨大な草花の隙間から、ただ土を掘る音が響いてくる。  鬱蒼(うっそう)と行く手を阻む年代者の大蛇のような(つた)だ。それに()(かえ)るような濃密に水分を含んだ空気。地面はぬかるみ、何度も足を取られそうになるだろう。  ふと見れば、大きく長い卵型に窪んだ部分が幾つか見える。足跡だ。だがそれらもまた周囲の草花に合わせるように大きい。  土塊が何かに(えぐ)られ、どこかに投げ捨てられた。  湿った土は水分を含み、乾いたそれより遥かに重い。けれど音は休むことなく、リズムを乱すこともなく、絶え間なく軽快に奏でられる。  堀り、捨てる。  突き刺し、抉る。  彼はどこまで掘り進めようというのか。  そう。彼だった。  茂みの奥に現れたのは、日焼けなのか、褐色(かっしょく)の逞しい肉体の大男。身の丈は三メートルはある。毛皮を加工した腰みのとベストを着け、太い皮のベルトには肉厚の剣が鞘に収まりぶら下がっている。  筋肉だけで構成されたような腕が伸縮を繰り返し、その手に掴んだスコップで既に己が半分ほどは埋まるくらいの穴を掘っていた。  その脇には彼と同じく見目逞しい男の体が二つ、首が無い状態で転がっている。べっとりと流れ出していた(はず)の赤い液体は既に乾き切り、肌はかさついて砂が吹き出していた。彼等特有の死後の変化が訪れている。関節の部分で強張(こわば)って(ゆが)み、その肉体は硬く、やがて石と化す。  ――アルタイ族。  そう呼ばれる巨人の種族だった。  二つの遺体を埋めるのに充分なほど穴を掘り終えると、彼は丁寧に二つの遺体を布で包み、穴の中に下ろした。二つはもう生命を持たないことが充分にこちらに伝わるほど硬く、持ち上げても横たわったままの姿勢で変わらない。  彼は仲間の遺体を穴の底に丁寧に並べ、一度目を閉じた。その瞳から、するりと何かが抜け落ちた。 「また、か」  己の掌で受け止めたその(しずく)を見て、彼は頭を振る。  心臓の辺りが妙に(うず)く。そこから何とも言えない波動が全身にゆっくりと広がり、目頭は熱を持つ。  ――まただ。  雫が落ちた。  (あふ)れるものは一度瓦解すると、もう留まるところを知らなかった。彼は頭を抱え込み、そのまま二つの遺体の上に(うずくま)る。 「何だ。一体、俺はどうしてしまったのだ」  ウッドと呼ばれるこのアルタイ族の男はかつて戦士だった。それもアルタイ族の若手の中ではトップクラスの剣技を持ち、将来はディアムド帝国の主ともなれる。そう噂されるほどの猛者だった。 「あの日から。そう、あの日からだ」  それは少し昔の話。  そう。百五十年も(さかのぼ)ればいい。  永遠の寿命を持つアルタイ族にとっては(わず)かばかりの時間だ。
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