嫌いなアイツ

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「今日はカットとカラーとあとまたパーマあててく感じかな」  席に案内した米山が、凪の髪を触りながら言った。鏡に映る米山に向かって凪は小さく頷いた。  凪が座る席は比較的出入口に近いところだ。そこから一直線に6席並び、鏡を隔てて同じように席がある。その奥には角を曲がるようにして広い空間があり、そこにも何席もあるようだった。  美容師達はそこを『成田ブース』と呼んでいた。メンズカットを売りにしている成田の予約は1日に何人も訪れる。  シャンプー、カラー、パーマはほとんどアシスタントが行い、成田はカットのみに集中する。もちろんアシスタントが行った技術の確認はして回るのだが、ほとんど芋洗い状態である。  それでも成田にカットをお願いしたいと予約する者は絶えない。  凪はいつもの光景に特に気にする様子はなく、カラーを何色にしようかとカラーチャートを目で追った。  米山は仕事が速いし、アシスタントも気が利くため人気店であっても待ち時間が恐ろしくかかることなどなかった。  成田を指名しなければ至って普通の美容院である。ただ、どの美容師を指名してもハズレはない。 「ねぇ、凪くん。先に言っとくんだけど俺本店に行くことになってさ」  米山は口を開いた。ふと顔を上げた凪の目に飛び込んだのは米山の嬉しそうな顔だった。 「え? 本店ですか?」 「うん。ようやく。8年越しかな」 「うわっ、よかったっすね。ずっと行きたいって言ってたじゃないですか」  凪も思わず顔が綻んだ。米山を指名し始めた頃から彼が本店で働きたいと言っていたのを聞いていたし、応援もしていたからだ。  いくつか店舗はあったが中でも本店は倍率が高く、カリスマと呼ばれるいくつもの賞をとっている美容師でさえ簡単には移籍できなかった。 「成田さんが俺のこと押してくれてさ。向こうの店長に掛け合ってくれて行けることになったんだよ」 「えっ! じゃあ、成田さんに認められたってことですか?」 「そう思っていいのかな……。まあ、経験も年齢も俺の方が上だけど、専門職って技術と接客が全てみたいなところがあるから。成田さんのことはずっと尊敬してたから嬉しくてさ」  そう言ってはにかむ米山は、今にも踊り出しそうなほど喜びを噛み締めていた。
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