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第9話 城南祐矢氏
晄矢さんは僕の右手を握ったまま、祐矢氏の前に進んだ。その手をちらりと見て、次は晄矢さんを睨みつける。
「彼かね。例の……」
「相模原涼君です。真剣にお付き合いさ……」
「ゴホッ、ゴホン」
晄矢さんの言葉を遮る勢いでわざとらしくせき込むお父さん。ま、普通に遮ったんだわな。
その様子にあからさまに晄矢さんは憮然とした。僕はそっと繋がれた手を外して自由になる。
「君は、東都大の法学部だって?」
「はい。2年生です。よろしくお願いします」
もう一度、祐矢氏は僕を頭の上からつま先まで眺め見た。こういうのは慣れているけど、やっぱりいい気はしない。
「君のことは榊から聞いてる。優秀な苦学生らしいな」
苦学生の苦にアクセント強めで言われた。
榊教授とは、晄矢さんじゃなくて祐矢氏と懇意なのかな。そういえば、祐矢氏も東都大出身だった。
教授は白髪交じりの紳士で五十代後半だったはず。祐矢氏とは歳も近いし旧知の仲だったのか。
「ま、財産目当てでここに来たんだろうけど、そう簡単にはいかんからな」
「なにを言うんですか。いくら父さんでも言っていいこと悪いことがあります!」
ものすごい剣幕で晄矢さんが反論する。だけど、財産は言い過ぎだけど金目当てであることは間違いない。僕は何も言えなかった。
「認められないなら、この家を出るまでです。それは涼もわかってますから」
同意を求めるように僕の顔を覗く晄矢さん。ここはちゃんと打ち合わせ済みだ。
「はい。そのつもりです。僕は晄矢さんについていくだけです」
「はんっ!」
しっかり言えたつもりなのに、祐矢氏は馬鹿にしたように鼻で笑った。僕の言い方おかしかったかな。うろたえそうになるのを、晄矢さんが肩を抱いてきたことで吹っ飛んだ。
――――ひゃあ……もうなにがなんだか……。
「お父さんに笑われても、なんともないですから。じゃ、そういうことで。部屋へ戻ります。行こう、涼」
「はい……」
肩を抱かれたうえに真摯な表情で迫る姿に魅入られてしまった。僕は演技でなく、素直に返事をしている自分に驚く。
「ゲイと言えば黙るとでも思ってるのか。全く……。ま、せいぜい化けの皮が剥がれんようにするんだな。晄矢も相模原君も」
背中に自信たっぷりの祐矢氏の言葉を浴びせられる。いや、もう既にばれてんじゃ。僕は晄矢さんの顔を見たいのを必死に我慢する。それを知ってか、肩を抱いた手にぐっと力が入った。
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