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第17話 寝たふり
8時から仕事だというから、そんなにこってりしたものは食べられない。下の階にあるイタリアンに僕らは席を取った。
外食なんて居酒屋の賄いしか食べたことがない。マナーも何も知らないんだ。だからってわけじゃないけど、今回はピザとサラダという軽めのものを頼んでくれた。
ピザ屋ではバイトしてたけど、運ばれてきたものはなんか違う。
「そうか。そういうことも学ばないといかんな。俺は構わないけど、親父に付け入るスキを与えてしまう」
さっきのマジな表情は一秒後には消えた。あははと笑って、『涼を揶揄うのはたまらない』とか言ってた。どっと疲れが出ちゃうよ。
「そういえば……今朝……」
僕は今朝、祐矢氏が僕に告げたことを話した。僕としては、ここに長居をする予定ではないので、マナー修行までする気はないんだけど……。
「へえ、そんなこと言ったのか、あいつ。全く嫌な奴だな。小姑か」
小姑なら、陽菜さんだろう。昨夜の夕食は日本食で、特に戸惑うこともなく問題はなかった(魚の食べ方とか自分でも上手いと思う)。もちろん口にしたことない食材ばかりだったし、一食としての数や量は食べきれないほどだったけど。
「でも、今後のためにも最低限のマナーは知っていた方がいいだろう。弁護士は何でも知ってて当然と思われてるからな。知識階級の上位ってわけだ」
それは確かにそうかも。僕も大学に来て、あまりにものを知らなさすぎるのに気付いた。人に聞いたり、図書館で本を見たりして学んではいるけど……。
「よし決まった。三条さんに頼んでおくよ」
「あ……はい。お願いします」
こういうのもきっと損にはならない。講習とか受けようもんなら大金取られるんだ。それが無料! 美味しすぎる。
てか、このピザなにもの!? 僕が知ってるのとは別物だ。美味しすぎるー!
結局僕はピザを食べて屋敷に帰宅することになった。一人寂しく? もないか。
帰ったら勉強しなきゃ。司法試験は一発で合格したいんだ。なんたって受験料高いんだよ。それに院に行く前に受かりたい。ばあちゃんに一日も早く楽な暮らしをさせてやりたい。だから今からやってても遅いくらい。
僕は例の机で勉強を始めた。恐る恐る珈琲を頼むと三条さんが持ってきてくれた。
「晄矢様からお話は伺っております。早速始めましょう。明日の夜はいかがですか?」
なんと、マナーの話がもう通っている。
「はい、よろしくお願いします」
僕は頭を下げる。断る理由はなかった。
日付が変わる頃、僕は風呂に入って布団に潜り込んだ。左側は僕のテリトリー。なにも印はないけれど大きなベッド。半分でも大の字で眠ることも可能だ。
――――晄矢さん、ずっとこんなどでかいベッドで寝てたのかな。今夜は遅いな。昨日僕のためにお休みしたからかも……。
僕は左側の壁を見るように丸くなって眠りにつく。寝袋で寝ていたときはツタンカーメンみたいに寝てたのに。
うとうととしていたころ、部屋の扉が開く気配がした。晄矢さんが帰って来たようだ。けどまあ、起きることもないだろう。もう睡魔が僕を掴んで離さないんだ。
――――んん……?
晄矢さんが僕のすぐ横に立っている。マジで寝顔を見てるんだろうか。
――――え……。
柔らかいものが僕の額に触れた。もしかして……これは……。僕の睡魔が突然手を放す。けど、必死で寝たふりをした。
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