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第6話 城南家
考えてみれば、ダブルベッドだって構わない。そこに寝なければいいのだから。
翌日、僕は愛用の寝袋と勉強道具などを持って城南家に向かった。期間がわからないのでアパートを引き払うことができない。晄矢さんは家賃はこちらで払うからとこともなげに言った。彼にとって、家賃四万円なんてはした金なんだろうな。
迎えに来た晄矢さんの車はこじゃれた欧州車だ。そんなに大きくないのに、車内は広々と感じる。さすが大法律事務所の御曹司。と思ったが、そんなのは序の口だった。
「これ……どこまで続くんですか?」
東京都内のどこにこんな広大な敷地面積があったんだ。森と思える高い樹々とそれを囲むどこまでも続く塀。
自動車がそのまま入れる正門は車を察知したのかゆっくりと開き、シックなベージュの欧州車は難なく通り抜けた。樹々の間をゆっくりと走り、その先にようやく屋敷が見えてきた。
――――お城か?
と思えるような大きな屋敷だ。その前に車を停めると、使用人と思しき黒服の男性が駆け足で現れた。
「じゃ、お願い」
晄矢さんは鍵を預ける。ここはホテルかなにかか。彼はてきぱきと僕の(小汚い)荷物を出し、車庫に入れるのか車を運転していった。
「持つよ」
僕の荷物はボストンバック(ばあちゃんがくれた)とパソコンケースだけだ。重いほうのパソコンケースを晄矢さんが持ってくれた。何気に優しい。いや、これも恋人のふりが始まっているということか。
「おかえりなさいませ」
だだっ広いエントランスには、スーツにネクタイ姿の男性が一人とエプロンをした女性が二人出迎えていた。
僕は普通のパーカーにデニム姿だ。凄い後ろめたい気分になったが、三人とも眼差しは柔らかかった。
「相模原様ですね。お待ちしていました」
「ああ、えっと、彼は親父の、というか、城南家の秘書の立花さん。うちの全てを把握している人だよ」
「いえいえ、御冗談を」
「相模原です。よろしくお願いします」
謙遜する立花さんに僕は挨拶をする。年齢は四十半ばだろうか。黒々とした髪は若く見える。中肉中背だが、だらしなく太っている感じではない。黒縁眼鏡が賢そうな印象を与えていた。
それから晄矢さんは二人のお手伝いさんにも僕を紹介した。若い方が二宮さんで、年配の方が三条さん。三条さんも立花さん同様、ここに長く仕えていると教えてくれた。
何もかもが僕が今まで経験したことのないことだらけだ。図書館で読む海外ミステリーの富豪と言っても遜色ない。
「さ、部屋に行こう」
しかし、そんな僕が怯んだ様子を全く意に介すことなくエスコートする晄矢さん。さっと背中に当てられた手に戸惑ってしまう。
このバイトは本当に正解だったのか、僕は第一歩を文字通り踏み外した。
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