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第7話 城南家 2
「おい、大丈夫か」
僕はエントランスの僅かな段差に躓いてしまった。慌てて抱き起した晄矢さん。彼の整った顔が真正面に来て思わずどきりとする。
――――なんか……カッコいいんだけど。
赤面したのを悟られぬよう、僕は俯く。
「すみません、だ、大丈夫です」
「緊張してるんだな。そういうとこが可愛い」
ひえっ。もちろんそこにいるお手伝いさんたちに聞かせようとしてるのはわかる。でも、心臓に悪いよ。
「足元気を付けて。こっちだ」
廊下の先の重厚な扉を晄矢さんが開けると、そこにはホテルのロビーみたいなリビングが広がっていた。
天井は吹き抜けで床には高そうな絨毯が全面に敷かれ、クラッシックな応接セットがいくつか置かれている。今は誰もそこにはいなかったが。
奥はキッチンだろうか。その手前にはこれまたどでかいダイニングテーブルが。家族はここで食事を取るのかな。10人いても全然余裕だよ。
「俺らの部屋は2階だから」
晄矢さんとともに大きなカーブを描いた階段を昇ると、踊り場からは中庭が見えた。
「めまいがしそうだ……」
「広いだけの古い家だよ。さ、ここだ」
両開きのドアが廊下の奥にあった。晄矢さんに手招きされ部屋に入ると、僕は再び倒れそうになる。
――――広すぎる……。
部屋と言っても、中央には書斎のようなテーブルと応接セットが置かれ、左手にはバスルーム。右手奥にベッドルームとなっている。キッチンがないだけで一つの家だ。
「パソコンはあのテーブルに置くといい」
晄矢さんは大きな書斎テーブルの横に置かれた機能的なデザインの机を指さした。
「うちの事務所で使っているパラリーガル用の机を持ってきたんだ」
パラリーガルというのは、まだ資格を持っていないが、弁護士の手伝いをする職務の人だ。僕も卒業までに司法試験に受からなければ、その職に就き、仕事しながら合格を目指すことになる。
「ありがとうございます」
どのくらいの期間になるかわからないが、とにかくこれを利用しない手はない。しっかり勉強するぞ。
「親父には後で紹介する。どうせ、帰りは夜遅い」
そんな能天気な決意をしている場合じゃなかった。恋人のふりの条件は、この家のこの部屋で一緒に暮らすことだ。
晄矢さんの行為に真っ向反対している父親、城南祐矢弁護士への対峙。一体どうなることやら。僕は人知れずごくりと唾を飲み込んだ。
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