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「いやあ、仕事に穴をあけてすまなかった。じゃあ、乾杯」
四つのジョッキがぶつかった。
音頭を取った林は、喉を鳴らしてビールを腹に流しこむ。「げふう」とゆるんだ口もとからげっぷが漏れた。
「林主任、お母さんが亡くなってまだ三日ですよ。職場に復帰して大丈夫なんですか」
真向かいに座った若手の山田が、軽く眉をひそめながら質問した。
「ああ、大丈夫だ。かみさんが、なんとかやっとるよ」
「法要ってよく知らないんですけど、初七日とか、いろいろあるんじゃないんですか」
「俺もよくわからん。家のことは全部、かみさんにまかせてるからな。ガハハハハ」
笑ってる場合かよ。山田が新人と交わした小声は、林の耳には入らない。
「そういえば奥様、お母様の介護をなさっていたんですよね」
林の横に座った女性社員からの問いかけには、非難の色がひそんでいた。しかし、林は素知らぬ顔で唐揚げをクチャクチャと噛んでいる。
「妻が夫の親の面倒みるのは当然だろ。親父はとっくに死んでるから、たった一人世話するだけだ。子供だってもう家を出てるしな。なんのための専業主婦なんだよ」
林は残ったビールを飲み干し、「おーい、おかわり持ってこーい」と店員にジョッキを振る。
「それに、施設に入れたら金がかかるだろ。かみさんがやれば、おむつ代くらいで済むからな。おかげで、けっこうな遺産が入ったよ。ガハハハハ」
自慢げに金額を言う。若手三人から「ええっ」と驚きの声があがった。
林は、二杯目のジョッキをにやにや笑いながら傾けた。
「ぷはー。こうやって、ビールをしこたま飲むのも久しぶりだな」
「そういえば、いつも最初の一杯だけでしたものね」
「かみさんに禁止されてたんだよ。酔って帰ると、露骨に機嫌が悪くなったからな。しぶしぶいうことを聞いてたんだ。俺ってかみさん思いだからな。ああ、うめえ。おーい、にいちゃん、もう一杯」
大声で追加し終えると、タバコに火をつけた。
「あれ、禁煙やめたんですか」
「ああ。タバコを吸わなかったのも、かみさんがうるさかったからだ」
「あ、もしかして」
隣の女性社員が素っ頓狂な声を出した。
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