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「すみません。呼んでみただけです」
銀が睨んでくるので、瑞穂はぷるぷると首を左右に振った。
しかし、確実に胸は高鳴っていた。
(旭以外から頼みごとをされるなんて初めてのこと。しかも、お相手は神様の遣い……。うまく演じることができるかどうかは分からないけれど、全力を尽くそう)
「しかと演じてみせますので、お手柔らかにお願いします」
「おぅ、頼んだぞ。とりあえずその地味な着物をなんとかするか」
ぱちん。
銀が指を鳴らすと、瑞穂の着物は金糸で刺繡の施された、鮮やかな紅色に変化した。
「これは……!」
「うん、似合ってる。地味な着物ばかり着ているが、紅色が似合うに違いないと思って眺めていたんだ」
さらりととんでもないことを言ってのける銀だったが、瑞穂はそわそわとしながら返す。
「派手すぎやしませんか?」
「俺の嫁さん候補なんだからそれくらいでいいんだよ」
「お嫁さんの、候補」
(公人さんには言われたこともなかったから、なんだか、こそばゆい。演技とはいえども)
そもそも瑞穂は公人と手すら繋いだことがなかったのだ。
(悲しいとも、悔しいとも思わなかったしなぁ)
婚約破棄は、妥当と言われれば妥当なのかもしれない。
「あとは、これをつけろ」
ぽんと銀から手渡されたのは練り香水。
蓋を開けると、椿に何かが混じったような香りがした。
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