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「いい式だったなあ」
「・・・・・・なんでお前が泣いてんだよ」
「だって真結ちゃん、きれいだったし、もうスピーチがさあ・・・」
「泣き上戸」
「お前が冷静すぎんだって!たった一人のねえちゃんだろ?!」
「はいはい・・・・・・」
姉の結婚式の帰り、親友で同僚の沢裕介は感極まっていた。確かに俺の姉のことはよく知っているが、感動しすぎにもほどがある。
「そりゃ冷静にもなるよ。ここまで来るのに大変だったんだぞ」
「えっと、婚約破棄したんだっけ?」
「婚約破棄、復縁、式の延期、でやっと今日にこぎ着けたんだから。人騒がせなんだよ」
「真結ちゃんは飯島と正反対だもんな、感情の起伏が激しいって言うか・・・・・・」
「そ。沢と同じでめんどくさい」
「めんどくさいって何?!」
「めんどくさいだろうが」
「俺はめんどくさくない!優しいの!」
「普通自分で言わねえよ」
「誰も言ってくれないから自分で言うの!」
「ああ、はいはい、ヤサシイデスネ」
「聞いてねえなっ」
結婚式帰りのスーツやドレスの集団から抜け出して、俺たちはもう一杯飲もうと店を探していた。
やっとみつけた居酒屋に入って、ネクタイを外す。
「結婚式っていいよなあ」
「まだ言ってんの」
「だって、幸せな気分になるじゃん。難しいこと言いっこなしで、おめでとう、って言える日だろ?」
「そうだけど、結婚式なんて珍しいイベントじゃねえよ」
「幸せな空間を共有できるっていいことなんだぞ?嬉しい気持ちって伝染するんだから」
「伝染て」
親族席の隣のテーブルで、姉の友達と見える女がふたり、ひそひそ話をしながら冷めた目で新郎新婦のなれそめ映像を見ていたことは、こいつには言うまい。
「沢、お前、おめでたい奴って言われるだろ」
「飯島、それって誉め言葉なんだよ、知ってっか?」
「は?ちげえだろ」
「俺の持論だけどな」
沢は鼻息荒く説明をはじめた。
「一般的には「おめでたい」ってお人好しとか何も知らない、みたいな意味で使うだろ?」
「うん」
「でも他人に「おめでとう」って言うときは、祝福の気持ちを込めて使うだろ?」
皮肉の場合もあるけどな、という意見は飲み込んで、うん、と答えておく。
「祝福の意味のある言葉のあとに「~な奴」「~な人」をつけてる。ってことは、そう言われる人間に悪い奴はいないわけ」
「??????」
「どうだ、わかったか」
「・・・・・・うん」
さっぱりわからない。
「俺はさ、結婚式で他人の幸せを純粋に喜べる人間でありたいんだよ。たとえそんなに親しくなくても、お幸せに、って言えるかどうかが大事なの。そういうのって返ってくるから」
「返ってくるって、自分の結婚式で祝ってもらえなくなるからってこと?」
「んー、それだけじゃなくてさ、全部。要するに他人の幸せを願えるスタンスの自分でいたいっていうか。そのほうが幸せじゃん?だから、俺はおめでたい奴でいいの」
他人の悪口を言わないのがこいつのいいところ。でもまさかここまでとは。
「・・・・・・すごいな、お前」
「すごくないよ。幸せにこだわってるだけ」
「今は?」
「今?」
「今、この瞬間だよ。幸せ?」
「幸せだよ。真結ちゃんの結婚式出て、飯島と酒飲んで、めっちゃ幸せ」
「そりゃよかった」
「飯島は?」
「・・・・・・へ?」
「幸せ?どう?」
「・・・・・まあまあかな」
「何だよそれ!そこは幸せって言うとこだろ?忖度!」
「忖度て」
幸せそうに笑うお前のそばにいるこの瞬間が幸せじゃないはずがない。
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