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悪魔に愛されるメイク
年頃になり、派手な友人の影響で化粧を覚えた姉の顔は、まるで別人だった。休日の度に顔作りに勤しむ姉を見た母は、苦い顔をしてこう言う。
「そんな品のない化粧をしたってね、寄ってくるのは悪魔ぐらいよ!」
親心の助言を、姉よりもさらに未熟な僕はバカ素直に受け取った。"悪魔"というものに倒錯的な憧れを抱いていたのだ。
それから家族の目を盗み、姉の化粧道具をこっそり借りるようになった。最初は上手く扱えなかったが、動画などで地道に独学している内に目を大きくし、形の良い唇を作れるようになった。そして、この顔に相応しい服が欲しくなり、くたびれたお古のジャージを脱ぎ捨てる。SNSで繋がった知人から譲ってもらった、男物か女物かわからない真っ黒で身体のラインがはっきり分かる衣装を見に纏う。鏡に映した自分の姿は、性別どころか人なのかも不詳に見えてゾクゾクした。例えるなら使い魔の黒猫だろうか。
満月の夜、家族みんなが寝静まる頃を見計らい、街に繰り出した。月明かりが霞むほどにギラギラ輝くネオンとお酒の匂いに当てられ、歩いてるだけで全身の血が昂りだす。そうしている内に本当に悪魔に出会った。
「おやおや可愛子ちゃん、こんな時間に一人でどうしたんだい?」
一見立派な紳士だが、僕には悪魔だとわかった。その胡散くさい笑顔も揶揄うような声も、人間にしては魅惑的すぎる。
「僕、悪魔に会いたくて、ここに来たんだ」
少しでも気に入られたくて、人懐こい野良猫のようにすり寄り甘えた声を作った。
「なるほど、悪い子だね。よしよし、私が悪魔のことを教えてあげよう」
悪魔はうっとりとした目でこちらを見つめ、僕の髪を優しくすきながら口付けをする。柔らかな仕草の中に、僕を未知に引きずりこもうとする欲が見え隠れして、心臓が高鳴りはじめる。
暗闇の中に差しこむ微かな月明かりを頼りに、僕は悪魔に操られるように身を委ねつづける。そして、朝日が昇る頃には化粧も装いも全て剥ぎ取られてしまった。
目を覚ますと、鏡の中によく知る人間の男の子がいた。いつもの僕だ。そんな僕にすっかり興味を失ったのだろう。悪魔はいつのまにか消えていた。
床に落ちていたスマホを拾うと、画面は家族からの通知の嵐で埋めつくされていた。それを眺めながらふと気づく。姉のアイコンの自撮り画像の顔が、いつもより大人しいものになっていると。姉も悪魔に出会ってしまったのだろうか。
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