ゾンビと俺のルルくん

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ゾンビと俺のルルくん

 ハロウィン時期の地元の遊園地は人であふれ返り、騒がしいのが苦手な俺にとってはできる限り避けたい場所でもある。だが、遊園地のシンボルキャラ『ルル&リリ』のハロウィン限定ペアぬいぐるみを手に入れる使命が俺には毎年あった。今年も販売初日に無事ゲットし、後はイベントに巻きこまれないよう入退場ゲートを目指すだけだった。  しかし曲がり角に差し掛かろうとした時、運悪く誰かにぶつかった。その拍子に落とした袋からルルくんのぬいぐるみが飛びだす。衝突した相手は俺よりも先にルルくんを拾い、差し出した。その顔は痛々しい傷だらけで異様に青白く、思わず後ずさった。 「嘘だろ……な、なんで、こっちのエリアにゾンビが……⁉︎」  園内のハロウィン限定の目玉イベントでは、ゾンビに扮したスタッフたちが広場やメインストリートで来場客を怖がらせるパフォーマンスをしている。だが、こんな人通りの少ないエリアは例年イベントの範囲外で、ゾンビは来ないはず……。 「あ、その……ぶつかって、す、すいません!今ちょっと、急いでて……」  俺はゾンビに扮した男の手からルルくんを慌てて奪った。だが、ルルくんから男の手は離れなかった。正しくは、男の手首ごとルルくんを奪ってしまったのだ。 「アッ……オレノ、テ、カエシテ……」  しゃがれた声で辿々しく言葉を発するゾンビ。俺は口をあんぐり開け、ぬいぐるみにくっついたままの手に、震える指先でそっと触れた。体温はないが作り物とも思えないリアルな皮膚の感触に、鳥肌が立つ。まさか目の前の男はスタッフじゃなくて……。 「うわわわわ……ごめんなさい!ごめんなさい!返しますっ!」 「エッ、コッチ、オレノ、チガウ……」  気が動転した俺は、ゾンビの手をルルくんごと渡してしまい、一目散に入退場ゲートに向かって走った。それから後はどうやって家に帰ったか覚えていない。  数日後。ネット上では、園内に出没する「ルルぬいゾンビ」が話題になっていた。片割れのリリちゃんを探して彷徨っている裏設定があるのではと囁かれており、リリちゃんのぬいぐるみを持ってこのゾンビに接触を試みる者もいるらしい。来場客の投稿したショート動画を再生してみると、確かにあの時ぶつかったゾンビだった。俺のルルくんぬいぐるみを両手で大事そうに抱え、辺りをキョロキョロ見回しながら徘徊している。彼が探しているのはおそらく……。 「……ルルくんがいないとやっぱ、寂しいよな?」  俺は机上にポツンと座るリリちゃんをそっと撫で、賑やかなハロウィンナイトに赴く覚悟を決めた。大丈夫、俺のルルくんを保護してくれてる奴が悪者な訳がないからな。
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