吸血鬼を飼える日まで

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吸血鬼を飼える日まで

 入学してすぐのある日、通学路途中の駐車場に仔犬が捨てられていた。茶色くてふわふわで、僕の手の平に戯れてくる可愛い犬。我慢できなくて抱っこして連れて帰ったら、 「うちでは飼えないわよ。元の場所に戻して来なさい!」  とお母さんに怒られた。  だから、秘密基地の候補にしていた廃屋の中で、お腹をすかした吸血鬼を見つけても連れて帰れないことはよく分かっている。でも、学校帰りにここでこっそり"餌"を与えることは禁止されていない。  暗い廃屋の中に一歩踏み出した途端、大きな黒い影が地面に着地した。ゆっくりと立ち上がった影は、僕の頭二つ分ぐらい高くなる。 「随分遅かったな。待ちくたびれたぞ」  口をへの字に曲げて僕を見下ろす吸血鬼。今日は暖かい方なのに、普段どおり真っ黒な分厚いマントを羽織っている。 「ごめんね。日直だったから、放課後も先生にあれこれ頼まれて……」 「ふん、子どもをこき使うとは碌な大人じゃないな」 「面白い先生だよ。声がうるさいのはあるけど」  カバーが所々破れている色褪せたソファにランドセルを置くと同時に、吸血鬼もソファに腰を下ろす。 「遅くなったお詫び。好きなだけ飲んでいいよ」  僕は家でも学校でも左手につけた真っ赤なリストバンドを外さない。それを取ると、ポツポツとした小さな丸い傷の痕が現れる。吸血鬼がごくりと喉を鳴らした。そして僕の左腕を取ると、同じ場所に新しい傷を作る。チクッとした痛みが走った。 「今日の血の味、いつもより美味しくなってない?」 「……特に変わりないと思うが、なぜだ?」 「えー、せっかく給食のミネストローネおかわりして、いっぱい飲んだのにな」  吸血鬼は手から口を離すと、僕を見上げて鼻で笑う。 「馬鹿なことを考える子どもだ」  そう言って、また食事を再開する。吸う勢いがちょっとだけ強くなった気がする。注射もトマトも苦手だったけど、吸血鬼に出会ってからそうじゃなくなった。このままどんどん僕の苦手なものが消えていけば、君と暮らせるようになるのかな?  吸血鬼の頭にそっと手を置くと、あの時の仔犬の柔らかい毛を思い出す。
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