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僕は驚いて声のするほうに目をやった。
新緑を過ぎた初夏の風が吹き抜けてゆく。
声の主は、木の幹に身を預けていた。
──あっ!
僕は思わず、両手で口をふさいだ。
ベンチを見ていた彼の目がゆっくりと僕に向けられる。眼鏡越しに見える彼の目が僕の心を射抜いているようだ。交わる視線は外せそうもない。
木陰で涼んだ優しい風が、僕の頬を撫でては過ぎゆく。過ぎ去った風が、今度は彼の髪を柔らかく揺らす。
どれほどの時間そうしていただろうか。と言ってもおそらくは……きっと、一分もないほどの短い短い時間。
そんな絡み合う視線を解くように、高い声が耳に入り込む。
幼児たちや若いママさんたちの声だった。この公園から移動するようだ。どこかに団体で出かけ、公園で解散となり、しばらく和んでいた……ようなことが聞こえてきた。
その団体の一人が、ベンチの荷物をどかしながら僕たちに気づき「ごめんなさい、どうぞどうぞ」と譲ってくれた。
賑やかさが遠ざかってゆくと、ふいに彼が言った。
「ベンチ、空いたな。座りませんか」
なぜだか違和感もなく、僕はコクンとうなずき、促されるようにそこへと座った。
一つのベンチの端と端に腰をおろし、涼やかな風を仲間にした彼が口を開いた。
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