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「加藤新一、二十七歳。営業回りの途中、サボるためにここへ来ました」
唐突な自己紹介に驚いた僕は、彼の態度に応えるよう少し背筋を伸ばして返した。
「加藤さんて言うんですね。えと、はじめまして、宮田真、大学二年生の十九歳。午後の講義は仮病にて出席せずここに来ました」
ふーっ。なんだか緊張した。
僕はほっぺに溜めた空気を勢い良くだす仕草で加藤さんを見た。
彼は「結局お互いサボりだな」と言い、それに僕が胸を張って「はい」と答えたから、二人して笑い合った。
何がおかしかったのかは分からない。でも、二人の意識が重なり合ったことは確かだった。
「いつもそこで本を読んでたよね」
加藤さんは、僕のことを知っていた。誰も知らないはずの僕の時間を知っていた。
加藤さんはいつから僕を……。
僕は「気づきませんでした」と伝えた。
加藤さんは「いや、いいんだ」としてから、「イマドキにしては珍しい子だなと思って気になってたんだ」とジェスチャーを交えて僕にそう言った。
本をめくるジェスチャーだ。デジタル化の波に押されず、紙から文字を吸収する様子が珍しいというのだ。
僕は少し褒められているようで嬉しかった。一拍ほどの間をおいてから、加藤さんは僕に聞いてきた。
「仮病って……なんかあったの?」
その声は、僕を気遣ってくれる、とても優しい声だった。
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