凄腕拷問官だと思って話してたのに顔が怖いだけのデリバリー配達員だった

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 ぽたりぽたりと耳障りな水音がして、カンパネラは目を覚ました。また水でもかけられたのかと思ったけれど、どうやらただの雨漏りらしい。これだから田舎の牢は嫌だ。  古びた石牢には血とドブとカビを混ぜて濃縮した匂いが漂っており、付近の牢屋からは啜り泣くような老人の声が聞こえてくる。 (ガバガバの牢だな)  両手両足を繋ぐ鎖を見ながらカンパネラは鼻を鳴らした。 音が通るし見張りも遠い。ひと仕事終えたところをうっかり捕まってしまった自分の油断は棚に上げて、お粗末な仕事だなと嘲笑する。    だいたい拷問にしたってお粗末なものだ。  鞭の打ち方も下手なら吊るし方も下手。心を折ろうとする工夫もなく痛めつけるだけで芸がない。いい加減飽きてきたしそろそろ脱獄しようかと思っていたそのとき、聞き覚えのない足音が聞こえてきた。  顔を上げると、見覚えのない男と目が合った。軍服を着ていないところを見ると兵士ではないが、えらくご立派な体格をしている。 (新手の拷問官か)  腰には警棒を携帯しているし、怪しげな袋を持っている。何も話さない自分に焦れて応援でも呼んだのだろう。カンパネラはそう当たりをつけた。  右頬に刀傷と思わしき古傷が残っているところからして、大方退役後に転職でもしたのだろう。珍しい話ではない。男はカンパネラを眺めた後で、煩わしそうに南京錠を一瞥すると、鍵など存在しないかのように扉を押し開けた。バキリと嫌な音がする。 (ゴリラかよ)  空気が一気に緊張感を増した。 「おいおい、力自慢か? このカンパネラ様が、今さらそんなことで驚くとでも?」 「……」  軽薄に声を掛けても乗ってこない。感情の読めない、やりにくい相手だった。 男は地面にうずくまっているカンパネラを虫でも見るかのように睨みつけると、袋から何かを取り出し、口元にそれを突きつけてきた。  とたんに、がつんと濃厚なトマトソースの香りが漂ってくる。パンに肉と野菜が挟まれたサンドイッチのような代物は、ほかほかと真っ白な湯気を立てていた。匂いを嗅いだ瞬間、ぐるる、と腹が鳴る。思えば何日も水しか飲んでいない。けれどカンパネラが思わずかぶりつきかけたとき、嫌がらせとしか思えないタイミングで男は手を引いた。  形ばかり置かれた椅子に視線を止めたかと思えば、男は動物にエサでもやるかのような手つきでそこに食べ物のくるまれた包みを放り出す。 「何? メシ? 食って良いの?」  何かの罠かとも思ったが、カンパネラがそれに手を伸ばしても男が止める様子はない。気付いたときには、においに引き寄せられるままカンパネラは大きな口でかぶりついていた。  パンこそ取り立てて言うこともない普通の白パンだけれど、挟まれている中身が今まで食べたこともないほどうまかった。柔らかく分厚い肉は、さくさくと音を立てる小気味いい茶色の衣でくるまれている。甘辛いソースと、少しだけ酸味の強い白いソース、そしてしゃくしゃくと音を立てる新鮮なキャベツの感触が、ただでさえうまい肉のうまみを引き立ててきてたまらない。 「うめー! ……っ、ごほっ、えほっ!」  がっつきすぎてむせた瞬間、見計らったかのように竹筒が差し出される。奇妙な甘みのある液体は何かのジュースだろうか。牢屋の中にしては気が利いている。ぐいぐいと飲み干した後で、カンパネラは床に大の字になり、至福のため息をついた。 「で、なにこれ? 最後の晩餐か?」 「……立て」  まあ当然、拷問官がただ飯をくれるだけということはないだろう。
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