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急患
「西成先生、急患です!」
段ボール箱を抱えた前田美穂が飛び込んだのは、東山総合病院の『診療部門特別相談室』。厄介事を手がける医療弁護士、西成仁の活動拠点である。そして前田は西成の秘書、もとい雑用係。
「ご存じだと思いますが、私は弁護士です。病人は医者にお願いしてください」
部屋奥のデスクに鎮座する銀縁眼鏡の男性が返事をする。視線が前田の顔から抱える箱へと移った。
「――で、それは?」
「患者が入っています」
「どうやら小さな怪我人のようですね」
前田は箱を開けて中身を西成に示した。
そこには一匹の猫が横たわっている。子猫ではない、でもまだ大人になりきれていない若い黒猫。毛がむしられ、ところどころから出血していた。
けれど怪我よりも猫の様子の異常性が西成の目を引いた。全身を硬直させ、見開いた目が小刻みに揺れているのだ。
「行き倒れの野良ですか。ところでこの猫、いったいどこで?」
「職員の駐車場です。あそこの黄色い軽自動車の下に」
前田は窓越しに現場を指さし状況を説明する。
「出勤してきた時、停められた車の後輪に黒い塊が見えたんです。猫だと思ったんですが、近づいても逃げる気配はありませんでした。思い切って手を伸ばして触れてみたところ反応がなかったので、おかしいと思って引っ張り出すとこのありさまでした」
「それで病院の裏手にあった段ボール箱に入れて連れてきたというわけなんですね」
「はい。顔を出さないわけにはいきませんから。――そこでお願いなんですが、今日、私に臨時休暇を下さい!」
前田は心底、猫の救済のために時間が欲しかった。
「いえ、病院の敷地内ですから我々の管轄内、つまり業務の一環です。――では、私から頼みます。前田さん、その猫を助けてあげてください」
「あっ、ありがとうございます!」
西成の配慮は期待以上だった。
「ただし、猫のことは前田さんと私だけの秘密にしておきましょう。ここはあくまで病院ですから、非難する人がいるかもしれません」
「たしかに頭が固い人っていますよね」
そっと猫を箱に入れ蓋を閉める。
「最寄りの動物病院はここから大通りを越えて右へ曲がり、ふたつ目の角にありますよ。笹木動物病院です」
「助かります、では行ってきます!」
前田はダンボール箱を抱え、一目散に動物病院へと向かった。
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