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指南
戸塚は仕事を終えるやいなや相談室を訪れてくれた。西成はノックが鳴ると同時に閉じた箱を裏手に隠す。保護猫の存在はまだ秘密にするつもりらしい。
「おまたせ、前田さん。猫のことなら喜んで相談に乗るよ」
「お疲れのところ、ありがとうございます」
戸塚は気さくに話ができそうな雰囲気の明るい女性だった。お洒落好きのようで、私服とバッグは高級ブランドもの。まさに独身貴族といったいでたちだ。
「それで相談の内容って、何?」
「実は、猫の世話をすることになったのですが、要領がよくわからなくて。教えていただけたら嬉しいと思って連絡したんです」
「ああ、はじめて飼うのね。懐くと可愛いわよー」
「慣れてくれるといいんですけどね」
「なるわよ、愛情をかけていれば。でも猫って事故が多いから気をつけてね。引き返すことを知らないから」
「マイペースな生き物なんですね」
「そう、家の中で自分が一番偉いと思ってるのよ、あの子たちは」
感じのよいひとだなと、前田は自然に笑顔がこぼれる。打ち解けて自然に会話が弾む。
「そうそう、猫には特別な力があるの知ってる?」
「特別な力ですか?」
「そうそう霊視よ、霊視。突然毛を逆立てるときなんて、そこに悪霊がいるらしいのよ」
「やだ、怖いこと言わないでください」
「冗談よ、あはは」
前田が臆病そうに身をすくめると戸塚は面白そうに笑った。
それから戸塚は前田に猫の飼育のノウハウを伝授し始めた。
寄生虫や感染症のチェック、ワクチン接種、ノミやダニの予防薬などについても、懇切丁寧に教えてくれた。
けれど動物飼育未経験の前田は聞いて目が回りそうになる。
「私、何を隠そうずぼらですから不安しかありません」
「そうだ、あたし実は猫の動画配信をやっているのよね。参考になると思うから、あたしの動画、チャンネル登録してくれないかしら」
「そうなんですか!? 楽しみです、ぜひ登録させていただきます」
「うれしい! 毎週土曜日に配信してるからぜひ視聴してね」
ふたりは和気あいあいと猫の話を弾ませ、それから連絡先を交換した。
そんなふたりの様子を西成は温和な表情で見守っていた。
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