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正体
前田は仕事を終えて帰宅する戸塚を待ち構えていた。見つけると距離を取り、身を隠しながら後を追う。
戸塚は病院から歩いて十数分のマンションに住んでいる。その途中には公園があった。
木々に囲まれて薄暗く、人通りのほとんどない公園だ。戸塚はその公園の奥へと足を踏み入れてゆく。
すると草むらの中から猫たちが続々と姿を現した。戸塚を見上げてねだるように甘えた鳴き声を発する。戸塚は鞄の中から袋を取り出し、口を開くと中身をあたりにばら撒いた。
間違いない、餌付けをしているのだ。猫たちは一心不乱に餌を貪り始めた。
前田は覚悟を決めて歩み寄り、背後から声をかける。
「ここにいる猫はみんな、戸塚さんに慣れているんですね」
戸塚は肩をビクリと跳ねさせ、あわてて振り向いた。けれど声の主が前田だと気付くと、すぐさま笑顔に塗り替える。
「偶然ね、こんなところで会うなんて。よかったら一緒に餌やりする?」
「いえ、結構です。それよりも私は残念でなりません。まさか戸塚さんが善良な保護活動者を演じていたなんて」
「あら、何のことかしら」
「なぜ多忙な看護師であるあなたが個人で保護活動を行っているのか、すごく疑問でした。目当ては承認欲求と、それから動画の広告料だったんですね。猫は視聴者の興味を引かせる格好の素材ですから」
「それってつまり、人気の動画配信者に対するやっかみってことかな?」
前田の非難を込めた指摘に対し、戸塚はしゃあしゃあと言い返す。前田の表情はいっそう厳しさを増す。
「そんなものじゃありません。ただ――許せないんです。視聴者を騙し、猫に酷いことをしたあなたが」
「言ってる意味がよく分からないんだけど」
「じゃあ、はっきり言わせていただきます。あなたは野良猫を手懐けて連れ帰り、虐待して弱らせていたんですね。その様子を動画に収め、逆の順番で配信していたんですね」
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