魔法なんていらない

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 内容が全く頭に入ってこない映像をぼんやりと見続けて一時間弱が経った頃、洗面所の扉が開く音がした。黒川はすぐさまテレビの電源を消すと、リビングのドアに顔を向ける。  部屋に入ってきた俊樹を見て、黒川は息を呑んだ。  フェイスラインをさりげなく隠す長い黒髪のウィッグ、フリルの付いたスタンドカラーの長袖ブラウスに、胸元にギャザーの入ったハイウエストのゆったりとした黒のジャンパースカート。  いつもと顔が違うために化粧していると分かるが、ではどこを化粧したのかと聞かれれば答えに詰まるようなナチュラルメイク。  よくよく見れば手足には男っぽさが残っているが、街ですれ違ったくらいでは男だとは気づかないだろう。  黒川は半ば呆然としてその姿を凝視していた。 「何か言ってください」  俊樹が拗ねた声でそう言って視線を下げたのを見て、黒川ははっと我に返った。 「あ、いやごめん、あんまりにもクオリティが高くてびっくりしちゃった。もちろんすごく可愛いよ。こっちに来て」  黒川は俊樹を膝の上に呼んだ。抗う様子もなく、彼は黒川の膝に座る。 「写真撮っても良い?」 「ツーショットだったら」  俊樹が一瞬の迷いもなくそう答えたことで、黒川の心の中に居座っていたわだかまりが少し削られたような気がした。 「よくわからないから俊樹君が撮って」  俊樹は黒川のスマートフォンを受け取ると黒川の膝の上で腕を伸ばし、インカメラで斜め上から二人の顔を映す。 「ノーマルカメラだからいまいち盛れないな」  何枚か撮った後、写真を確認しながら俊樹はそう漏らす。画面に映る自分たちはいかがわしい店の従業員とその客といった風情で、黒川は何とも複雑な気分になった。 「念のため非表示にしておきますね」  そう言って俊樹が何やら操作をすると、カメラロールから写真が消える。 「えっ、今のどうなってるの」 「アルバムから見れなくしただけですよ。こっちのファイルってとこからなら見えます。ほらこんな風に」  そう言って再び写真が表示されたのを見て胸を撫でおろす。そんな黒川の様子を見て、俊樹は口元を綻ばせた。  しばらく写真を眺めたりもう一度撮ってみたりして、ちょっとした夜のお店ごっことでもいった戯れを楽しんだ後、黒川は一度俊樹を膝の上から降ろした。 「こっち向いて座って」  俊樹に自分の膝を跨がせて、向かい合わせになるように座らせる。上から下までもう一度舐めるように視線を移動させた。俊樹が恥じらうように斜め下を向く。 「本当に良く似合ってるね。このまま出かけても大丈夫なんじゃない」 「それは流石に贔屓目です」  首元に顔を寄せると、仄かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。 「良い匂いするね。何かつけてる?」 「制汗剤ですよ。女子高生の匂いがするって話題になったやつ」 「服は自分のなの?」 「はい。安いから汚しても大丈夫」 「それって、汚すようなことしてほしいってこと?」  黒川が揶揄いまじりの視線を向けると、俊樹はしまったというように口を何度か開閉させた。最後には観念したように視線を逸らして口を開く。 「……そのために着せたんじゃないの」 「もちろんそうだよ」  黒川はピンクの口紅が引かれた唇に軽く触れるようなキスをして、それと同時に俊樹の胸に両手を当てた。 「ちょっと膨らんでるのはギャザーの効果か。何か詰めてるわけじゃないんだね」  そのまま胸を撫でまわすと、布のすぐ下に素肌の気配がした。 「何でちょっと残念そうなんですか」 「詰め物は別に要らないんだけど、ブラジャーはつけてほしかったなあと思って」 「つけてないのわかるんですか?」 「そりゃわかるでしょ。ブラジャーには相応の厚みってもんがあるんだから」 「そんなの知らない」  俊樹はちょっと顔を赤らめた。女性用下着の話題には人並みに羞恥心を感じるらしい。 「ああそれもそうか。じゃあやっぱりそれくらいは知っておかないとね。今度買ってあげる」 「何のために」 「俊樹君が着るために決まってるでしょ。セットでショーツも買ってあげるよ。レースの可愛いやつ」 「要りません」 「何色が良いかな。白? ピンク? 黒? 薄いブルーなんか良いかもしれないね」 「だから要らない、って、あっ、ちょっと」  黒川は俊樹の返答など意に介さず、スカートの下から手を入れて中をまさぐる。 「タイツ履いてるのは点数高いね。でも下着はいつものボクサーかあ」  黒川の手が太ももから徐々に上に移動して弾力のある双丘に辿り着くと、俊樹はその手から逃れるかのようにわずかに腰を浮かせる。しかしそんな他愛もない抵抗など、黒川にとってみればじゃれているとしか思えない。 「や、もう彬之さん、んっ」 「下着はパンツとタイツだけ? 服は清楚な感じなのに中は大胆だなあ」  黒川はその肌にゆっくりと手を這わせる。触れるか触れないかのフェザータッチに、俊樹は焦れたように身をよじる。 「ふっ、んん」  その手が胸元に行き着く頃には、ファンデーションの上からでもわかるほどに俊樹の頬は赤く染まっていて、黒川の肩に縋り付くような姿勢になっている。 「ベッド行こっか」  黒川が耳元で囁くと、俊樹は恥ずかしそうに小さく頷いた。
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