演じる猫は見ていた

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私が異世界で猫に生まれ変わってから、何年経っただろう。 窓辺の日当たりの良いところに置かれた寝床の上で目を覚ました私は、全身で伸びをする。もうすっかり猫も板についてきた。 「エラ、おはよう。今日も早起きね」 鈴を転がすような声と同時に小さな手が私の背をなでる。見上げれば、金糸の髪に、湖の色の瞳を持つ美少女が私を見下ろしていた。 この子はシャーロット。十二歳。このお屋敷の主である侯爵の娘。つまりはご令嬢というやつだ。 「今日はオリバー様とお茶会の日ね」 そうだね。頑張って。 「ありがとう、頑張る」 まだ幼いながら、淑女の手本のような令嬢として評判の彼女は、私の前ではお喋りが好きな普通の女の子だ。 私を猫だと思って――事実、猫ではあるのだけれど――家庭教師の言った冗談から乙女の悩みまで、いろんなことを話してくれる。 「……でも心配だわ、エラ。私、男子とお茶なんて前世じゃ全く考えられなかったもん。オタクだったし。男子と会話すらしたことないのに。親同士が決めた婚約者とはいえ向こうもまだ十四歳よ? 十四歳の男子と何を話せばいいの? 話題に困るのよいつも。オリバー様は優しいから私が何を話してもいつも笑って聞いてくれるけど。そうだ、もういっそ前世で読んだ漫画の話とかしてみようかな。少年誌なら少しは楽しんでくれるんじゃない? 駄目かな……今までは何とか頑張ってきたけどこういう時に限ってミスをするんだよね。所詮、私は上辺だけだもん」 いやほんと、よく喋るなあこの子。息継ぎどうなってるの。振動で耳がかゆくなっちゃう。 この子もまた、私と同じように前世の記憶があるらしい。しかも私と同じ世界だ。聞いたことのある漫画の話をしてたし、ほぼ確定だと思う。 でも「前世の記憶があります」なんて、とてもじゃないけど誰かに話すわけにはいかない。頭がおかしいと思われるのが関の山。 そう思っていても、一人で抱えきれなくなった彼女は私にだけ打ち明けるようになった。 お嬢の話から察するに、この世界は超が付くほどマイナーな児童書の世界だという。 お嬢はその物語の主人公、シャーロット。婚約者はこの国の王子様で名前はオリバー。 ただ、残念なことに話自体はほとんど覚えていないらしい。幼い頃に読んだきりの話なんて覚えている方が難しい。 先のことが分かっていれば、何かを変えたりできるかもしれないけれど、できないなら仕方ない。そう割り切った彼女は、二度目の人生を『完璧な令嬢』を演じて生きることを選んだ。 完璧を求めるからこそ、彼女は悩む。自分など見せかけだけだと。 でも、形だけでも淑女であろうとする心がけがあるのならば、それはきっと彼女の理想と一致しているのではないかと私は思う。 ……ま、今日のお嬢の悩みはそれだけじゃないみたいだけど。 「変なことしてオリバー様に嫌われちゃったらどうしよう……」 そう言って項垂れる姿は、文句なしに儚げな美少女だ。 大丈夫。お嬢は可愛いんだから、よっぽどやらかさない限り王子も嫌いになんてならないって。
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