演じる猫は見ていた

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うとうとしていると、遠くでベルが鳴った。王子様の専用の馬車が来た合図だ。 お嬢が心配だから、ちょっと見に行ってみよう。 王子は既にエントランスにいた。きらきらの金髪に青い目、お手本のような美少年。さすが王子、発光してる気すらする。 「ようこそおいでくださいました、オリバー様」 少し頬を染めて、下品でない程度に駆け寄ってくるお嬢。全身から嬉しいが溢れている。 お嬢ったら世界一可愛い。王子もぽーっとなっちゃって。完全に見惚れてるねえ。 はっとなった王子が、優雅に微笑んだ。 「お招きありがとう、シャーロット。会えて嬉しい」 今日のお茶会の会場は庭のガゼボだ。春だから色とりどりの花が満開だ。良い匂いの中で初々しい二人を眺めながら寝直すのもいいかもしれない。 歩いていく二人の後を私もついて行くことにした。 「噂には聞いていたが、とても美しい庭だ」 「ありがとうございます。父にも伝えておきます……オリバー様?」 黙り込んでいた王子が、意を決したような顔でお嬢の手を取った。 「きっと、この花たちは君のために咲いているんだね。この庭に佇むあなたは、まるで妖精の姫君のようだもの」 春先にはちょっと冷たい風がびゅうと吹いた。寒っ、寒い! 今時少女漫画でも言わないよ、そんな歯の浮くような台詞。 見てみなさいよイスラの顔。見たことないくらいの真顔よ。 彼女だけじゃない。並んだメイドたちは必死に堪えるあまり、全員顔がチベットスナギツネよ。 春空の下、チベットスナギツネの顔で遠くを見つめるメイドたち。シュールすぎるでしょ。 肝心のお嬢の様子は……ぽかんとしてる。どうせ「異世界だし、こういうものなのかもしれないなあ」とか頓珍漢なことを考えてるんだろうな。 ベンチに腰かけた王子が紅茶のカップに手を伸ばす。その手はやや小刻みに震えていた。どうやら滑ったことに気が付いてはいるようだ。なんか応援したくなってきた。 それからしばらく静かな時間が流れた。 この二人は誰がどう見たって相思相愛だ。ここにある互いを想う気持ちだけは、誰を演じているわけでもなく本物の姿だと私は思う。 ただ、じれった過ぎる。 ベンチの隣同士に座っているくせに、二人の身体は微妙に外側を向いている。そのくせ気にして互いに相手をチラチラ見てる。もどかしいったら。 我慢の限界が来た私は、お嬢の背中に忍び寄り、体当たりで王子の方へと突き飛ばした。 「危ないっ!」 「きゃっ!?」 さすが王子様。ちゃんと受け止めてくれて、ありがとう。 「怪我はないか、シャーロット」 「はい」 王子の腕の中、頬を染めるお嬢。それを見てつられて真っ赤になる王子。こっちまでドキドキが聞こえてきそう。 「ま、まったく、悪戯好きの子猫ちゃんだ」 照れ隠しに放たれた王子の言葉に、ぞわっと鳥肌が立つ。猫だけど。 頼むからそれ、何とかならない? 身体中の毛が逆立って、私の身体、倍に膨らんじゃってるんだけど。 にゃあにゃあ文句を言っていると、王子は私を抱えて微笑んだ。 「甘えてるのかな? 子猫ちゃん」 違うって言いたいけれど口から出るのは不満げなにゃー。 でも、お嬢は何かのツボに入ったのかくすくすと笑い出した。それに合わせて王子も気が抜けたように笑う。 どうやら、緊張は解れたみたいだ。 私は隙を見てガゼボを離れた。 植え込みに隠れて振り返ると、仲睦まじく会話する二人が見えた。 やれやれ、できる猫を演じるのも楽じゃない。 私は尻尾をひと振りすると、お気に入りのお昼寝スポットへと向かったのだった。
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