ちかづく、ちかづく。

1/5
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

ちかづく、ちかづく。

 これは僕が高校三年生の時の話。受験生で、進路先をどうするか本気で悩んでいた頃のことだ。  僕が住んでいた地域にも大きな大学はあったけれど、それでも一番やりたい建築系のデザインができる学校は東京にあって。されど、東京の学校に通うためには一人暮らしをしなければいけず、あまりその自信もなく――まあそんなかんじでぐだぐだと悩んでいたのである。  幸いにして家もさほど貧乏ではなく、私立の大学に行っても金は出してやれると親は言ってくれた。一人暮らしをするなら、ある程度仕送りもしてくれると。一人息子であること、父がまだ若くて仕事で現役だったというのも大きい。不自由ない生活をさせてくれた親には、心の底から感謝している。  さて、ここまでが前提。  ここからが、この話の本題。  自慢じゃないが、僕は成績も割と良い方だった。全国模試でもわりと高い順位をキープできていた、とだけ。それでいて、東大とか早慶みたいな偏差値バリ高の国立私立も目指していなかったから、受験もわりと暢気なものだったのである。まったり自分のペースで勉強していれば、まあ第一志望には受かるだろう、みたいな。  だから塾に通ったり図書館で勉強したりしつつも、週に一度くらいは部活に顔を出していたのだった。といってものんびりした文芸部で、一生懸命公募のための原稿やプロット書いてる後輩のところに顔を出してちょろっとアドバイスをするくらいなものなのだが。  秋になると、のんびりした文芸部にもぴりっとした緊張感が漂っていた。十月末に、ちょっと大きな新人賞の締切があり、それに向けて頑張っている子が多かったからである。結局、僕は入選どころか“一番良くても四次選考落ち”だった公募だ。今年の一年生に、ものすごく筋の良い子が入った。彼ならばひょっとしたら、と思わせるだけのセンスと筆力を持ち合わせていたのである。僕は彼に熱心に指導したし、先生や他の先輩たちもそう。  そして他の部員たちも、彼の存在に刺激されて全体的にレベルが上がっている。今年は複数人入賞するかも、なんて僕達はみんなうきうきと期待していたわけだ。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!