死に花を散る

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 夕方になって仕事に一区切りを付けて私は街に出る。独身と言えどさみしい毎日を送っている訳ではない。ちゃんと恋人も居て、今日はデートの約束が有るんだ。 「待たせたかな。仕事は片付いた?」  相手は年下でアルバイトをしながら音楽活動をしている。いつだって私の事を心配してくれる印象が有った。 「うん。時間は掛かるけど難しい仕事じゃなかったし。それじゃあご飯でも」  本当は結構難しい仕事だ。けれど、そんな事を言うほどお子様ではない。もっとも年下の彼になんて「疲れた」と甘えられない。ホントは疲れてるんだけど。  私は夕食とお酒を楽しんで、彼の話を聞いていた。まさか、仕事のグチなんて聞いてもらえない。そんな事をしてキラわれたらどうしようかと思うから。 「ゴメン! 今は財布がピンチなんだ」 「解ってるって。そんなのはお姉さんに任せなさい! 稼ぎは良いんだから」  また嘘をついていた。私の会社はそんなに給料は良くない。普通程度の額だけど、彼がお金がないのは解っているからそんな事の心配なんてされたくなかった。 「疲れた」と家に帰りつくとソファに倒れこむ。これはこのまんな眠ってしまって、明日の仕事に慌てるパターンだ。解っていても起き上がるだけの気力なんて無かった。  当然朝になって目を覚ますと出勤時間が近付いている。慌て用意をして仕事に向かう。もう数か月こんな生活が続いている。本当に疲れていた。  会社では身を粉にして働く。男女の境無く仕事をできるのはうれしいんだけど、だけど出世は一緒ではなかった。私の同期の男の子なんてもう上司になってしまっていた。それは不平等で、他の女の子たちは馬鹿らしくなって寿退社をした人が多い。  まだお局とは言えない歳だけど、いつまでもこうしている訳にはいかない。どうにか今を好転させる様に頑張っている。そうじゃないと自分に嘘をついて演技を続ける意味なんて無かった。  自分でも仕事を頑張っているほうだ。これはもう出世しても良いだろうと思う。別に昇り詰める野望が有るわけではないけど、出世なんて事も無いと今頑張っている意味が見いだせない。そんな事を思いながらも普通に仕事を頑張っていると、上司に呼び出された。時期的に昇進時期でも有る。 「君は頑張ってるね。目標とかは有るの?」 「特に目標と言うのは有りませんが、仕事を頑張るのは当然です。この会社の為に私は働いているんです」  おべんちゃらではない。嘘だけど。素直な言葉を言えないからこんな返し方になる。また自分で自分の事を呆れていた。 「うん。それは会社としては嬉しいだろうな。他の社員たちにも聞かせたい。だけど、あのー、ちょっと疑問なんだけど。結婚のことは考えてないのかい?」  今の時代その話題をするのは難しいだろう。だけど、そんなに私は気にしてない。ニコッと笑顔を返す。 「今はまだ少し考えてません。恋人は居ますが、結婚とまでは」  彼に結婚を願う事なんて酷だ。今の彼は夢に向かって進んでいる途中だから。私は真実を言うと、本当は結婚もしたい。だけど、今はそれを忘れる事にしていた。 「となると、出世を希望するとなるんだよね?」  上司は難しい顔をしながら話していた。まあ、大体の予想はついていた。 「うちの会社はまだ女の子の出世には懐疑的なんだ。これは私個人として言うんだが、あんまり君にメリットが無いよ」 「ありがとうございます。解ります。それでも置いてもらえるのなら頑張ります」 「それはこちらからもお願いしたい。だけど、あくまで会社の方針だから」  上司は言葉を選んでいた。つまり女は出世できないから結婚退社の方が良いと言いたいのだろう。それか転職。  解ってはいたけれど辛い。それなのに文句の一つも言えない自分が居る。そして私は転職なんてのも考えなかった。流れに任せてこれからもこんな生活を続けるしかなかった。  仕事の意義と言うものを無くしてしまった気がする。そんなものが元々有ったのかも解らない。お金は有った方が良いがこんなに働かないと駄目なくらいに困ってないつもりだった。
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