181人が本棚に入れています
本棚に追加
/23ページ
「……?」
指先が重なりそうになり、夏目さんはさっと手を上げた。
「そろそろチェックして出ようか」
「は、はい!」
夏目さんと俺は楽しく食事を済ませて店を出た。ロビー中央には重厚感のあるクラシカルなクリスマスツリーがオーナメントを垂らして飾られていた。柔らかな光を白く発光させて、小さな子どもが母親と手を繋いで見上げていた。
そのまま部屋へ……と思ったが、会計後に向かった先はロビーの外に止まっていたタクシーだった。
は? なんで?
宿泊階ですよね?
エッチなんじゃないの?
今日はまさかのあれがアレでアレなんじゃないのか?
昨日、たくさんあれこれ頑張ったんだけど……!
「なんだかどんどん顔が赤くなっているけど大丈夫? バーも行きたかったけど、今日は早めに帰って寝たほうがいい」
「あ、いや……、あ、あの……」
「ん?」
顔を茹でタコのように赤らめて、俺はうつむいた。
「……あ、あの」
「理久くん、どうしたの?」
たくさんの人が見上げている横に、ぽつんと俺は一人佇んだ。どうしたのだろうと周囲の視線を突き刺さる。夏目さんは驚いたように立ち止まった。
「あ。あ、あ、あのっ……」
「大丈夫?」
屈んで、怪訝そうに顔を覗かれる。いい香りが鼻を打って、顔がさらに赤らんだ。
「……しゅ、宿泊する……のかなっ、……て?」
上がった語尾が震えていたのがわかった。
ショルダーバッグにはもろもろと大人の必需品なるものが入っている。
待ち合わせ場所がホテルのラウンジだったのでやっとオトナを要求されるのだと覚悟を決めてきたからだ。
「え! ち、ちがっ、ちがうよ! ご、ごめん。ごめんごめん。か、勘違いさせちゃったね。ただここのホテルの中華が好きなだけなんだ。まえに北京ダックを食べたいって言っていたからさ。ごめん、怖がらせちゃったね」
「へ?」
「申し訳ない。はい。タクシー代」
ぽんと、タクシー代にしては厚みのある封筒を手渡された。
そのまま開いたドアの奥へ押し込められ、すぐに車が前方へ発進した。後部座席に深く沈み込んで、俺は分厚い封筒に視線を落とした。
最初のコメントを投稿しよう!