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待ち合わせ
「げ……」
次の日迷ったあげく、遅れて待ち合わせの喫茶店へ到着した。店内に視線を巡らせると、俺は氷のように固まった。
……うそ。夏目さん、どうしているの。姉貴と会ってるじゃん。
斜め後ろのさらに最奥に夏目さんと姉が向かい合って腰かけている。店から出るわけもいかずに、そっと客のふりをして遠くの席へついた。
一呼吸おいて、ホットココアを注文した。
横目でちらりとうかがう。
姉はニコニコと笑っており、二人は楽しそうにお茶しているように見えた。
……ふたりとも笑っている。
誰にでもそうだが、第三者的立場から見ても夏目さんは魅力的な男性だ。
ソファー席に腰かけて卓子には旅行のパンフレットが置いてある。温泉、スキーとデカデカと書いてあった。
……旅行?
まさか、ふたりで?
なんだよ、それ……。
『一緒に食事して、そばにいられるだけでいいんだ』
申し訳そうな、それでいて低い声で囁かれたその言葉が浮かんだ。お互い好きであればいいと思っていた。乙女心なのか、両片思いだったらいいのにと。
「……ばかだな。……俺」
うわ言のような呟きがもれる。
「よう、りく!」
「へ?」
振り返ると親友である努が立っていた。
「なにしてんの?」
「しー! 静かにしろ!」
慌ててきょとんとした口もとを抑えて、長身を押さえつけるように向かいの席に座らせた。まだ二人には気づいていない。
「なっ、なんだよ……」
「とにかく静かにしてくれ」
「……はあ? 俺、彼女と待ち合わせなんだけど……」
「彼女?」
「そ、運命の番いの彼女~!」
「ウンメイノツガイ……」
陽気な声をだし笑いかける努に嫌な予感が襲う。そういや、姉ちゃんも運命の番いとか言っていたなといまさらながら思い出したがどうでもよい。
ざわついた店内のなか、冷たいものが背中に走り抜けていく。
「どうした? 大丈夫か?」
「……あ」
ただ食事して、買い物に付き合うだけ。なにも返していない。まさか? でも、あれは地の顔だ。普段本性を隠している姉も自然にふるまって見える。いや、でも、歳の差ありすぎで、うんめいのつがいだったら……。ぐるぐるとまとまらない思考に気持ち悪くなった。
「努。俺、出るわ」
「は?」
「じゃあな」
伝票を掴んで、俺はそっとその場を去った。タイムマシンがあったら、あの日に戻りたい。姉の身代わりでベータなんです。ごめんなさいと一言謝れば済んだはずだ。そうすれば、重ねた思い出なんてなく、こんな思いをすることもなかった。いや、夏目さんはとっくの昔に知ってたんじゃないだろうか。夏目さんと姉が運命の番い同士で、俺が弟ということに……。
たぶん、ついていた嘘もばれた。
ぜんぶうそ。
俺は銀行に行って、ありったけの金を引き出した。
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