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仲直りをしよう
「あ、いや。まず落ち着こう。その、嬉しいんだけど。いや、そうじゃなくて……」
戸惑いがちに話し、差し出された手が隣にあったバッグにあたった。瞬間、ソファーから滑り落ち、雪崩れ込むように札束が床に落ちた。
「あ……」
「……これは」
やばい。どうしよう。
思考が止まった。考えることをやめた俺は本能的にその場から逃げようとした。
そのとき、痺れるほどのつよさで手首を掴まれた。
「待って。逃げないで」
「え……」
「ちがうんだ」
「……お金」
「お金はあげたんだ。返す必要なんてない」
ふんわりとコロンの香りがして、身体が熱くなってしまう。
「……夏目さん、姉貴と番いなんでしょう?」
「番いは、妻しかいない」
「え。でも……、喫茶店で姉ちゃんと会ってた」
「あれは甥っ子の恋人の紹介のためだよ。努が合わせたい人がいるから呼ばれたんだ。君のお姉さんが恋人だと知らされて、本当は弟も紹介したかったと残念がっていたよ」
「え……」
「その様子だと、まだ知らないみたいだね」
「じゃあ……」
「ん?」
夏目さんの整った顔が近づく。心配そうに、気遣うような表情を浮かべている。
な、なんだよ……。くそ姉貴……、努が恋人だったのかよ。
「じ、じゃあ。……パンフレットは?」
「それは寒くなってきたし温泉に行こうと思っていてね。……あ、いや。もちろん、僕一人でだよ。さすがに君を誘うなんてことないから安心して……」
「それは誘ってください」
「え……?」
きっぱりとした口調で言うと、夏目さんはびっくりしておれを見上げた。こんなイケオジを一人で温泉なんて行かせてたまるか。
「俺が夏目さんと行きたいです」
声を尖らすと、夏目さんは驚いた表情で見返す。
「おじさんだよ?」
「知ってます」
「こんなおじさんが君みたいな若い相手を頻繁に誘うのすら、みっともないのに。でもうれしいな。うん、うれしい」
夏目さんはぶつぶつとしゃべって、うんうんと自分に言い聞かせるようにうなずいている。
おとめか。
なんだ、このかわいいおじさんは。
そのとき、胸がきゅうと締めつけられる感じがした。
「好きです」
「え?」
「すきです。夏目さんが好きです」
「ぼ、僕も好きだよ」
顔を近づけるたびに、尻ごみをさせてしまう。そんなにすごい顔をしているのだろうか。涙と鼻水が垂れてるのはわかった。
「違います。夏目さんがいつも忙しいから淋しいってメールしないように我慢していたぐらい好きなんです。その……、金の亡者みたく思われたくなかったし、いつまで経っても関係性は変わらないし、そういう相手には思われてないんだなって思っていました。本当に心の底から好きなんです。愛しています」
「あの、そういう相手って?」
「セックスです」
はっきりとした物言いに、夏目さんは視線をそらした。
「……それは、手を出したらだめだって思うんだ」
「へ……?」
「君のことをだんだんと好きになっていく自分がいるんだけど、さすがに三十も離れているだろ。最悪じゃないか。前にもホテルで待ち合わせをしてしまって、勘違いさせちゃったし……。ただそばにいるだけでもいい、応援して支えるだけでいいと思っているんだ」
照れたような、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。そして真っ赤だ。
「夏目さんかわいい」
じりっとまた距離をつめた。もう逃げる隙間はない。
「……ッやめてくれ。俺は本気で君のことが好きなんだよ」
夏目さんが「俺」って言ってる……。
「かわいい」
「こら。大人をからかうな」
「だってかわいい。夏目さんが照れてる」
「……くそ、恥ずかしいな」
腕を引き寄せられ、唇を重ねた。
「んっ」
「かわいいのは君だ」
顎をすくわれ、厚い唇が食らいつくように深く口づけされた。
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