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おれと夏目さんとそれから
それから一ヶ月後。
俺は例のリゾートバイトを終えて、無事に帰ってきた。
……やっと、夏目さんとゆっくりできる。
雪山にこもって、旅館の配膳や雑務に勤しむ毎日を送っていたのがすでになつかしい。今シーズンの積雪量は例年より多く、朝から白い壁のような雪かきに精を出して大変だった。
朝から晩まで働き、週二回の休みはスノボーをする毎日だ。ただ、ナイターや一日券をもらって、雪に覆われた斜面を滑るのは最高だった。
おかげさまで、上腕二頭筋にはほどよく筋肉がつき、体も一段と締まったような気がする。ごはんもおいしく、地元名産のお米とこうじ味噌は格別で、何杯もおかわりをしてしまった。
旅館の人たちもいい人ばかりで、バイト仲間にも恵まれ、とても充実したものだったので文句などない。がっぽり稼いで、努もよろこんでいるし、俺だって金が貯まるのはうれしい。
でも、どこかでラジオの音楽がぷつりと切れてしまったような寂しさが胸にあった。一緒にいたらもっと楽しかったはずかなあ……と口にすると、努にうんざりした顔でかるく笑われたのは解せない。
ちなみに夏目さんはというと、最後まで行かせたくないと粘られた。そういっても、バイトをドタキャンするわけもいかず、毎晩連絡を取り合うことで落としどころをつけて、なんとか見送ってくれた。
だけど毎晩といったのに、その連絡がこない。
気を遣ってくれたのか三日に一回だけの変わらない連絡にちょっと拗ねた自分がいた。どうしてかというと、秒で連絡と取り合う努が隣にいるからだ。ずるい。俺も秒で送りたい。会いたいし、あの広くて逞しいちょっとお腹のでた身体に飛び込みたい。
淋しさが募っていく。鳴らないスマホにしょんぼりと肩を落として蒲団にもぐりこんで夏目さんにメールした。
そしてもっと連絡くださいと伝えたら、びっくりしたような、ちょっとうれしそうな声ですぐに電話がきた。いいよと電話越しにあまく囁かれたのは、思い出しても口元が緩んでしまう。その日から一日一回と連絡が増えたわけだが会えない淋しさがこの純愛(に決まっている)をより一層燃え上がらせる。夏目さんはバイトで忙しいだろうし、疲れてるのに負担になりたくないんだとこぼしていた。が、どこまでも優しい夏目さんにキュンキュンが止まらない。
ずっと一緒にいたい。
だれにも夏目さんを取られたくない。そんな、一方的な独占欲が溜まっていくのが最近の悩みの種だ。
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