たくさん貢いでくれる人

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「……理久くん、だいじょうぶ。考えごと?」 「へ?」 「ここ、気に入らない? 他のレストランのほうがよかったかな……」 「あ、いや! すごいっす」  この語彙力の少なさに泣きそうになった。  ホテル高層階にあるプライベートダイニング。ワインレッドで統一された家具に、絵画や骨董品が落ち着いた空間を作り出していた。  背中には宝石を散りばめたような都会の夜景が広がり、静かな音楽が流れて優雅な時間を漂わせる。  それすらも表現できないほどに緊張していた。  壮年の男と金髪刈り上げスーツの若い男が向かい合い食事をし、パッと見て誰もが本当の親子、または反抗期の息子を持つ親と思っているだろう。 「なんだかうわの空だからさ」 「あ、いや……。ぼ、僕……、ちょっと考えごとをしていて……」  普段は俺が俺がと口にしている自分が、一丁前に一人称を「僕」になんてしている。ああ、いけない。夏目さんとの出会いを思い出してしまい、クソ姉の邪念に囚われず意識を集中させたい。 「仕事の話ばっかりでつまんないよね。退屈すぎたかな……」 「い、いや。経済とか世界情勢を知れて、めっちゃ勉強になってます!」 「あはは、ならよかった」 「あはは」  よかった。よかった。  全然頭に残っていないのに、乾いた笑い声がでた。  ちなみに夏目さんと出会って口の悪さが幾分か治った。「言いかえ図鑑」なるものを買ったおかげだ。買って正解だったが、図書カード五万円分をさらにもらってしまったことがある。 「よかった。今日はなんだか元気ないなって、ずっと気掛かりだったんだ」  よかったのは、俺だ。  今日は三週間ぶりの再会だったからだ。  海外出張という理由で、とうとう切られたのかと思っていた。 「そんなあ……」 「連絡しつこかった?」  アイルランド系の祖父によく似ているという、澄んだブルーアイが細く輝いた。彫の深い顔が少しだけ崩れ、ちょっと困った顔もかわいい。  ……ああ、夏目さんがしゅんとしている。おっさんがしょんぼりしてるのって、かんてかわいらしいんだろう。連絡なんて三日に一回ぐらいだし、返信だってすぐ来ないじゃないか。  かわいい。  超好み。  ……すき。  めっちゃいいひと。  超好き。  そう口に出すこともはばかり、俺はぎこちなくしゃべり出す。 「そんなことないですよ。それに、なんか久しぶりに会ったから、初めて出会ったときのことを思い出していたんです」 「そっか。なんだか恥ずかしいな。初対面なんて、お茶して終わっただけだからね。でも、きみと出会えて本当によかったと思っているよ」  その言葉がちくりと胸を刺す。  ごめんなさい、ウソばっかりで。  夏目さんが探しているのはオメガという存在だ。  姉に見せてもらったが、性別はちゃんと表示されていて、夏目さんは性別どちらでもよいと表示されていた。ただ、バースはオメガとしっかりと選択されていた。  まあ、俺のように偽るやつもいるんだけどさ……。  結局、アルファはオメガを選んで探すんだと落ち込む一方だ。あまく蕩けるようなフェロモンを放って、誘い込むのだがそれはアルファも同じなのだろう。アルファとオメガというバースは引き寄せの法則でもあるかのように出会ってしまう。それでもこうやって会ってくれるなら逢いたい。 「ぼ、僕も出会えてよかったです」  激しく同意するけど……、申し訳なさにもごもごと語尾が小さくなってしまう。オメガだったらよかったのに……と心底思う。 「そういえばコンビニの他に、バイトとかしてるの?」 「ええ、夜のバイトを最近追加しました」 「夜のバイト?」 「はい。体力もあるから、姉に働けっていわれて。最近慣れてきたんで大丈夫です」 「……なにか欲しいものでもあるの?」 「え……?」  たしかにスノボーを買い替える予定だが、あまりの真剣な眼差しに口を閉じた。
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