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おれの欲しいもの
「欲しいものがあったら、言っていいんだよ」
「あ、いや……。そんなつもりじゃ……」
優しく諭すような声に胸に哀しみの色がにじんでしまう。
「なにか、したいんだ。できることがあったら言って欲しい。きみを心から応援したいと思ってる」
情愛にあふれた眼差しを注がれ、俺は言葉が浮かばずたじろいでしまう。十分応援されているし、お腹いっぱいなのだが、それ以上欲しがると神様に怒られる。
「……え、いや。あの……」
「今日も食欲もないみたいだし……。お粥でいいって言っていたけど、無理してない? 中華にしたけど……、急に呼び出しちゃってごめん」
「ぜ、全然です! それより料理とってもおいしいですね」
眼前にははホカホカと白い湯気を立てているフカヒレの中華粥が器に盛られている。
その隣には上海蟹に黒酢酢豚が所狭しと並べられていた。メニューを手にとったときは、ゼロの多さにびっくりした。
粥をすくい、レンゲを口に運んで咀嚼した。ただのお粥なのにのどが鳴るほどおいしい。他の料理も見るからにうまそうだが、今日は我慢だ。残りはタッパーでお持ち帰りをお願いしたい。
「……電話、鳴ってるけどいいの?」
「あ。いつものなんで、大丈夫です」
それは無視だ。
きっとゴリラ、じゃなくて姉からだ。
さっきからぶるぶるとスマホがバッグのなかで震えが止まらない。
最近になって運命の番いと出会ったそうで、惚気を耳にタコが出るくらい聞かされる。
今度紹介するから、予定を空けろと言っていたし、その常駐パシリがおらず、なにをやっているんだと気を揉んでいるんだろう。
「……そっか。いつも忙しそうだよね」
「夏目さんほどじゃないですよ。僕なんて投資とか詳しくないし貯金少ないし、いつも図書館に引きこもっていますしね」
「……それって例の友達と?」
「ええ、幼馴染ですけどね」
例の友達とは幼馴染の努のことだ。大学生で、いいところのお坊ちゃん。
恋人とともにタワマンに引っ越すらしく、最近できた年上オメガの彼女にでれでれだ。おまけに運命の番いに出会ったとうそぶく。
どいつもこいつもすぐに運命の番いだとのたまうが本当なのだろうか。
いい奴だし、中学からの腐れ縁でなんだかんだで続いているのは努の朗らかな性格だけど、すこし心配している。
「でも、彼はアルファなんでしょ?」
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