おれの友達と気になる人

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おれの友達と気になる人

 俺をオメガだと思っているので、夏目さんはたまに話す努の存在を心配している。 「あいつ、彼女いますから」 「そうなの?」  ほっとしたような顔がまたかっこいい。 「最近できたみたいです。クリスマスが近いせいか、みんないいですよね。つうか夏目さんこそ毎日秘書さんといるでしょ。投資家でしたっけ?」  夏目さんはいつも会社から電話がきたり、つねに多忙だ。海外出張もザラで、いつもお土産(ブランドものの時計とか靴とか色々)を買ってきてくれる。よく電話で秘書らしき女性と言葉を交わしているのをそばで聞いていた。  夏目さんは困ったように首を横に振って、紹興酒に口をつけた。 「ぼくは機関投資家なだけで普通のサラリーマンだよ。雇われて会社の資金でやっているだけだし……。あ、お酒飲む?」 「今日は遠慮しておきます」 「そう? 顔が赤いけど熱とかない?」 「へ?」  長い指が、額の五センチ前でぴたりと止まった。ムスクとウッディーが混じりあった香水が鼻先まで漂い、指先がおでこに吸いつけられそうに見えた。 「……あっと。ごめん」 「あ、いや! 大丈夫です。寝れば治りますし、今日はスーツまで用意してもらってなんだか悪いなあって。いろいろと気がひけてしまって……」 「はは。でも、やっぱりもう一着用意すればよかったね」 「いや……。そんな。一着で十分ですよ」  また俺の顔が熱くなってしまう。耳までほこほこして、手汗すらでる。 「いやいや。僕なんて男やもめだし、すぐにクリーニングに出しちゃうんだ。だから何着あっても足りないくらいだし、今度もう一度見に行こうよ」 「え……」 「スーツは何着あっても必要だし、これからどんどん使うことになるかもしれないしね」  ひん……。やさしい……!  昨日なんて、夜中に糖質難民になった姉にコンビニのアイスを買ってこいと追い立てられた。なんて心に沁みる言葉だ……!  それにフリーターだからスーツは一着でいいんです……。来年の資格試験に受かったら、もしかしたら必要になるかもしれないけど、そうなるとも限らない。  いつもいつも優しい。  めっちゃいいひと。  今日だってチノパンジャケットで行ったら、夏目さんはすぐに有名老舗店へタクシーを走らせた。吊るしのスーツでいいのに、フルオーダーで作ろうかなんて提案してきた。  値段を見てびっくりした。  三十万っておかしいだろ。それに完成するのに一ヶ月以上もかかることに驚いた。  とりあえず出ましょうと言うと、一着作りたいんだと逆に頭を下げられる始末。横から店員がセミオーダーにして、ある程度決まったデザインと布地から選んだらどうでしょうかとさりげなく提案してきた。  意気揚々な店員と夏目さんの真剣な眼差しを向けられ、俺は頷くしかなかった。試着すると、すでに会計は済まされ、手を引かれて店内から出た。そして今にいたる。  現時点で、総額五十万以上はカードをきっている。  いつもだが、夏目さんの資産を食いつぶしてしまうんじゃないかと心配になる。そして贈与税も心配になる。「パパ活家計簿」なるものを作ってみても、申し訳なさでいっぱいだった。ちなみに十回ほど計算し直して、出会ってから五千万以上使っていることになっている。
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