プロローグ

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 ──20XX年5月  新しく建設されたヘヴンタワー。祭りのような雰囲気に包まれたその場所で、何が起こるのか誰も予想していなかった。 「おっきい!」  一人の少女がヘヴンタワーの前ではしゃいでいた。穏やかな表情で見守る両親は「そうだねぇ」とまだ10歳の少女に相槌を打っている。少女は小走りで両親の先を行き、ヘヴンタワーを見上げた。空が眩しすぎて先端がよく見えない。それほどにこのタワーは大きかった。何せ世界一の高さを誇る建物なのだから。天国に一番近いタワー──ヘヴンタワー。ネーミングセンスは少しあれだが、誰もがその建物の完成を待ち遠しく思っていた。  そんなを抱いたことが悪かったのだろうか。  突然の耳が痛くなるくらいの轟音に襲われ、少女の世界は一変した。目の前に広がる光景は、まるで悪夢のようだった。辺りは動かなくなった人々で溢れかえっていた。その少女だけが生きており、泣くことができた。少女には何が起きたのかさっぱりわからなかった。  そんな少女の近くで一人の影が揺らめいていた。キリッとした狐目が印象的な背の高い男。当然、まだ幼い少女には全員背が高く見える。しかしそんな少女から見ても、男は際立って背が高かった。  男が歩くたびに、少し湿った靴底から変な音がした。男は真っすぐ少女に近づいた。少女の表情が険しくなる。逃げようとするが、腰が抜けて動かない。ただ泣くことしかできない。  少女はさらに声を荒げる。助けを求める。しかし辺りには死体しかない。誰も少女の声なんて聞こえない。少女の嗚咽も、異常なまでの息遣いも、誰にも届かない。  男は死体を蹴った。
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