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レンガ造りで有名な東京駅。スーツを身に着けたサラリーマンやOLに混じって、四人の男女が歩いていた。端から見れば、職場に向かう人たちにしか見えない。しかし彼らは、そんな類の職種に就いている人間ではなかった。
朝田葵は辺りをキョロキョロと見渡しながら新幹線のホームへ向かっていた。推しのVTuber、山羊カペラが所属するVTuber集団「ステラ」の東京駅限定キーホルダーを探しているのだ。今日から販売開始のはずなのに、まだ見つからない。
「おい、朝田。田舎者みたいにキョロキョロするな」
班長の鶴賀淳之介が呆れた口調で言った。先頭を歩いているので葵のことなど見えていないと思っていたが、どうやら後頭部にも目がついているようだ。さすが元捜査第一課の警部。
「すんませーん」と葵は砕けた口調で言うが、辺りを見渡すのをやめない。任務が始まったらあっという間に一日が終わってしまうので、そうなる前に推しのキーホルダーを手に入れたいのだ。
「推しのガチャがあるんだっけ?」
「そうなんですよー!」
優しい口調の副班長、亀梨岳に葵は興奮気味に返事をした。勢いのままスマートフォンのロック画面を見せる。葵がこの世で一番可愛いと思っているカペラの写真だ。亀梨は「可愛いね」と微笑んだ。その言葉だけでご飯が何杯も食べられそうだ。推しを褒められるほど幸せなことはない。
「カペラよりもベガの方が可愛い」
煩わしいフレーズに葵の表情が一気に曇った。
「あ゛???」
葵の隣を歩く八村翔斗が飄々とした表情で言った。一人だけスーツではなく、上下真っ黒な服に身を包んでいる。八村の右手には自前のパソコンが握られ、そこにはカペラと同じステラ所属の織姫ベガのシールが貼られている。
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