目覚める

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 あれは中学の頃だった。その頃から勇也の見た目は可愛らしくクラスメイトからも可愛がられていた。艷やかな黒髪を肩まで伸ばして振り向いたり顔を傾げたりするとふわりとシャンプーの匂いがした。男らしさとは無縁の小柄な少年。きっと勇也に恋していた男子も多かったろう。そいつらが勇也に告白したりしないのは、一番近くに俺がいたからなんだろうな。 「もう勇介、ちゃんと聞いてる?」 「聞いてるよ。夏祭りに行く話だろ?」 「聞いてない。夏祭りに行くのは決定なんだよ。浴衣をどうするかの話だよ」  夏休み直前の猛暑日。教室の俺の机の横で勇也は、ピシッと指を立てた。 「どうせ浴衣着るなら可愛いのがいいじゃん? 勇介はどんなのが好きか聞いてるの!」 「勇也が好きなの着ればいいだろ?」 「それじゃ駄目! 一緒に行くのは勇介なんだから。勇介が可愛いって思ってくれなくちゃやだ!」  中学三年一学期末。勇也は生来の可愛さの他に可愛く着飾ることに興味を持ち始めた。困ったことに真っ先に相談するのは俺。確かに勇也とは幼馴染みではあるが、俺に可愛いの概念が理解できる気はしなかった。 「勇也なら何着ても可愛いだろ?」 「もう! その何着てもの中で一番可愛いのがいいの! だから聞いてるの!」  俺らのやり取りに聞き耳を立てているクラスメイトたちはクスクスと笑っている。  勇也が可愛いことを言うのも、それに困り果てる俺を見るのも楽しみの一つに化している。助け舟は来ない。結局、俺が勇也に押し切られて何かの決断をするのは毎度のことだ。結末が分かりきっているのだ。そりゃ余計な口出しはしないだろう。 「じゃ、金魚。お祭りらしいだろ? 勇也の白い肌に金魚の赤い柄は映えるんじゃないか?」 「え? そう? そうかな? 金魚かぁ」  いきなり勢いが弱まる勇也。こういうときは押し切ってしまえばいい。 「きっと可愛いよ」 「そうかぁ。可愛いかぁ。じゃ金魚にする! 浴衣買いに行くの付き合ってくれるよね?」 「行かなきゃ拗ねるだろ?」 「もちろん!」  元気よく答える勇也。その顔から嬉しさが滲んでいるのを隠す気もないらしい。  本当ずるいよな。天真爛漫って言葉が似合うのって。わがまま全て許してしまいそうになる。 「じゃ夏休みの最初は勇介とお買い物!」  勇也に懐かれるのは悪い気はしない。同性であっても可愛い生き物がまとわりつく感じは優越感にも浸れてしまう。    きっと俺らは特別なんだ。ただ、その頃はまだ友情の枠組みだと思っていた。
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