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その日、放課後まで勇也はご機嫌だった。クラスメイトたちにも愛想を振り撒いてよく笑っていた。勇也はやはり俺のほうを気にしていたが、俺は勇也を邪魔する気はない。
「勇介! 放課後だよ!」
放課後になるなり勇也は俺の机をバンッと両手で叩いた。
「もう少しで脱がなきゃならないんだよ!」
また机をバンバンと叩く勇也。
「いいじゃないか。あとの今日は明日の可愛い格好考えなよ」
「えへへへ。やっぱり勇介は話が分かるや。帰ろっか?」
「ああ」
俺が席を立って歩き出すと勇也が横にぴたりとついてくる。
「ねぇ。腕組んでもいい?」
「構わないよ」
俺の腕に勇也が絡みつく。視線が痛い。間違いなく羨望の眼差しだろう。
「なんであいつなんだろうな?」
誰かの言葉が耳に入る。確かに近しいが、俺と勇也は恋人じゃない。そうなれたらいいと思ってるのは俺だけなんだよ。勇也の気持ちは分からないし。
勇也と歩幅を合わせてゆっくり歩く廊下。その行く先を阻むものがあった。
「ねぇ」
髪を赤く染めた女子。名前は知らない。
「あなた、大人数人打ち負かしたって本当?」
香水の匂いが鼻につく。
「結果的にそうなっただけだ」
ちらりと勇也の顔色を伺う。不思議そうに女子を眺めている。
「そう……。ところであなたたち付き合っているの?」
「違う……」
そう答えられてしまう自分が嫌になる。そうだと正面切って話せたら、どんなに楽だろう。
「じゃあさ、私と付き合わない? 女装してる男の子なんて普通じゃないでしょ? 私にしなよ」
「お断りだ」
即答。目の前の女子を睨みつける。俺の腕に絡みついている勇也の手に力が込められる。
「俺の普通も勇也の普通も俺らが決める。お前の普通を押し付けるな。お前なんかが決められるもんじゃない」
「はぁ!?」
「反吐が出る」
俺の頬に痛みが走る。女子は俺の頬を打った。
「何よ! あんたなんかこっちから願い下げだわ!」
「願ったり叶ったりだ」
女子は背を向けて去っていく。その瞬間、俺の頬にまた痛みが走る。
「女の子に酷いこと言うな!」
勇也が俺の頬を打った。
「なんで……なんで勇介はそうなんだよ! 僕のことを一番に考えてくれる! 嬉しいよ! 嬉しいけど、勇介が傷付くのも傷付けていくのも僕は嫌なのに!」
勇也の目から涙が流れている。こんなときは抱きしめてやるのが正解なんだろうな。それでも勇気が出ないのはなぜなんだろう。こんなに大切でこんなに守りたい奴を泣かせても俺は何もできない。
「勇也が……笑ってくれたら俺はそれでいい……」
なんとかそれだけ絞り出す。
勇也は袖で涙を拭ってから、また俺の腕に絡みつく。
「勇介は……、僕に勇気がないこと、笑わない?」
「どういうことだ?」
「なんでもないよ。僕ら、名前に『勇』ってあるのに本当駄目だよね」
勇也は俺を促すように歩き出す。それにつられて俺も進む。
勇也の勇気とは何だろう。そればかりが気になった。
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