5人が本棚に入れています
本棚に追加
シフォンケーキ
「ねぇねぇ勇介、ケーキ好き?」
教室での昼休みにぼうっとしていると勇也が目の前に現れそう聞いていた。
「甘いのは嫌いじゃないよ。勇也も知ってるだろ?」
「ふふふ。そうだよね。僕、お菓子作りはじめようと思ってね。だからさ、今日家に来ない? 両親もいないし」
両親がいないという言葉につい邪な思考が湧き出る。
「今日からはじめるのか?」
「うん。今日からはじめるの。最初のはさ、やっぱり勇介に食べて欲しいんだ」
「分かった。行くよ」
「本当? ありがとう! じゃあまたあとで!」
チャイムと同時に勇也は去っていく。ずっと一緒にいても勇也の作ったものは食べたことがない。料理をするなんて話も聞いたことがない。それでも一番最初に食べて欲しいんだなんて言われるとついうんと言ってしまう。自分自身でも現金だと思うが、惚れた弱みでもある。勇也にどこまで伝わっているかは分からないが、悪くは思われていないのだろう。
今日の勇也はオフショルダーで俺の視線はつい勇也の肩に向かう。ミニスカートから伸びる白い足もつい目がいく。ただ、肌に視線が向くのはやはり勇也だからだ。どんなに可愛い女の子でも俺が勇也以外に惑わされることはないだろう。そのくらい拗らせている。
午後の授業を受けながら、ぼんやりと勇也の後ろ姿を眺める。どこからどう見ても女の子なのだから、勇也の努力がどんなものなのか想像に難くない。きっと勇也の中にも理想像というのがあって、それにお菓子作りも必要なのだろう。
放課後、やはり勇也は子犬のように俺のもとへ駆け寄ってくる。
「お待たせ! じゃあスーパー行こう!」
「おいおい。買い物からかよ?」
「当然! だって今日から始めるんだよ? 家に材料なんかないよ」
えへへへと笑ってみせる勇也の破壊力は相変わらずだ。
「しゃあないな」
立ち上がる俺の腕に勇也は腕を絡めてくる。この状態にも大分慣れた。最初も今もやっかみの視線は常につきまとうが、大体の奴は俺を避けているため、気にはならない。大人数人打ち負かしたのは事実なのだから、気にする必要もない。俺に後悔もない。俺の人生で間違いなく勇也を守ったと言える一時だったからだ。
勇也と共にスーパーまで歩いてきたが、勇也も何を買えばいいのか分からずに何度もスマホとにらめっこしている。
「何を作るんだ?」
「シフォンケーキを作ろうと思って……。グラニュー糖に卵と……」
真剣に材料を調べている勇也の横顔もなかなかのものだ。
最初のコメントを投稿しよう!