シフォンケーキ

3/3
前へ
/32ページ
次へ
 勇也の家にたどり着き、俺はキッチンのテーブルにレジ袋を置く。勇也はそそくさとフリルのついた黄色のエプロンを身に着ける。 「可愛いでしょ?」  俺の目の前でくるりとまわってみせる。ふわりとシャンプーの匂いが俺の鼻に届く。 「ああ。可愛いよ」 「でしょ?」  勇也は嬉しそうに笑ってケーキ作りの準備をはじめる。ボウルに泡立て器にレジ袋から材料を取り出して、うんと頷く。 「じゃあはじめるね!」  と意気込んだのは良かったが、やはり料理をしたことがなかったのか、ベーキングパウダーは舞い上がるし、ボウルでかき混ぜる卵は何度もボウルからこぼれる。 「ううう」  あまりに上手くいかないために勇也は唸る。 「手伝おうか?」 「駄目! 最初のシフォンケーキは僕だけの力で作るんだ!」  むきになる勇也。スマホで作り方とにらめっこしながら作業を続ける勇也。型に流し込んで型をオーブンに入れたとき、キッチンはグチャグチャになっていた。 「片付けなきゃ……」  泣きそうな勇也を見て、俺は台ふきんを手に取る。 「頑張った証明だよ」 「勇介……ありがとう……」  ベーキングパウダーを鼻の頭につけている勇也はそれはそれで可愛い。二人で片付けと洗い物を終えるとキッチンタイマーが鳴る。 「焼けた!」  勇也はミトンをつけてオーブンからシフォンケーキを取り出す。その瞬間暗い顔をした。  しっかりと焦げていた。 「ごめんね……。勇介、こんなの食べさせられないや……」  勇也は捨てようとしたが、俺はそれを止める。 「はじめてなんだから。それに勇也がはじめて作ったシフォンケーキは俺は食べたい」 「でも……」  勇也がさらにとめようとするが、俺は黙って皿を取り出し、シフォンケーキを乗せて、勝手知ったるキッチンからフォークを取り出して、シフォンケーキを口に運ぶ。 「お腹壊しちゃうから……」 「問題ない。勇也はこれからどんどん上手くなるんだ。記念の最初のシフォンケーキの味をちゃんと覚えておくんだ。これからも作ってくれるんだろ?」 「勇介……」  泣きそうな勇也。シフォンケーキは焦げた部分と生焼けの部分があったが、味は悪くはなかった。俺は全部平らげる。 「ごちそうさま。記念のシフォンケーキ、美味しかったよ」 「勇介の馬鹿……。そんなんだから僕も困っちゃうんだ……」 「何が?」 「勇気の問題だよ。どうせ鈍い勇介には分からないよ」  勇也は笑った。勇気の問題か。それならば俺も勇気の問題を抱えている。  どうしても打ち明けられない胸のうち。俺らはお互いに勇気の問題を抱えている。その問題はいつ解決するか、今の俺らには分からない。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加