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勇也の家にたどり着き、俺はキッチンのテーブルにレジ袋を置く。勇也はそそくさとフリルのついた黄色のエプロンを身に着ける。
「可愛いでしょ?」
俺の目の前でくるりとまわってみせる。ふわりとシャンプーの匂いが俺の鼻に届く。
「ああ。可愛いよ」
「でしょ?」
勇也は嬉しそうに笑ってケーキ作りの準備をはじめる。ボウルに泡立て器にレジ袋から材料を取り出して、うんと頷く。
「じゃあはじめるね!」
と意気込んだのは良かったが、やはり料理をしたことがなかったのか、ベーキングパウダーは舞い上がるし、ボウルでかき混ぜる卵は何度もボウルからこぼれる。
「ううう」
あまりに上手くいかないために勇也は唸る。
「手伝おうか?」
「駄目! 最初のシフォンケーキは僕だけの力で作るんだ!」
むきになる勇也。スマホで作り方とにらめっこしながら作業を続ける勇也。型に流し込んで型をオーブンに入れたとき、キッチンはグチャグチャになっていた。
「片付けなきゃ……」
泣きそうな勇也を見て、俺は台ふきんを手に取る。
「頑張った証明だよ」
「勇介……ありがとう……」
ベーキングパウダーを鼻の頭につけている勇也はそれはそれで可愛い。二人で片付けと洗い物を終えるとキッチンタイマーが鳴る。
「焼けた!」
勇也はミトンをつけてオーブンからシフォンケーキを取り出す。その瞬間暗い顔をした。
しっかりと焦げていた。
「ごめんね……。勇介、こんなの食べさせられないや……」
勇也は捨てようとしたが、俺はそれを止める。
「はじめてなんだから。それに勇也がはじめて作ったシフォンケーキは俺は食べたい」
「でも……」
勇也がさらにとめようとするが、俺は黙って皿を取り出し、シフォンケーキを乗せて、勝手知ったるキッチンからフォークを取り出して、シフォンケーキを口に運ぶ。
「お腹壊しちゃうから……」
「問題ない。勇也はこれからどんどん上手くなるんだ。記念の最初のシフォンケーキの味をちゃんと覚えておくんだ。これからも作ってくれるんだろ?」
「勇介……」
泣きそうな勇也。シフォンケーキは焦げた部分と生焼けの部分があったが、味は悪くはなかった。俺は全部平らげる。
「ごちそうさま。記念のシフォンケーキ、美味しかったよ」
「勇介の馬鹿……。そんなんだから僕も困っちゃうんだ……」
「何が?」
「勇気の問題だよ。どうせ鈍い勇介には分からないよ」
勇也は笑った。勇気の問題か。それならば俺も勇気の問題を抱えている。
どうしても打ち明けられない胸のうち。俺らはお互いに勇気の問題を抱えている。その問題はいつ解決するか、今の俺らには分からない。
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