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「勇介、機嫌悪くない?」
朝のホームルームのあと、勇也がそそくさと俺の側につく。
「別に……」
「別にじゃないよね? 間違いなく朝から機嫌悪いじゃん。僕には分かるよ。付き合い長いんだから」
「そんなことないさ」
無理に笑顔を作る。俺は勇也が楽しく女装できるように、勇也がいつも笑顔がいられるように、イライラは抑えている。そんなことで勇也を不安にさせたりしたくない。
「何か心配事でもあるの?」
言えやしない。勇也が告白されるかも知れないことが怖いだなんて。俺は勇也じゃない。勇也がどういう答えを出すとしても俺が口出しすることじゃないんだ。
チャイムが鳴る。
「ほらほら授業始まるよ」
つい勇也の背中を押す俺。勇也は頬を膨らまして自らの席に向かう。
その後の小休憩も勇也は俺の側に来るが、俺はのらりくらりと本音を躱す。言える訳がない。これは嫉妬だ。自分自身で勇也に気持ちを伝えられない弱さに対する嫉妬だ。
「もう! 何なんだよ!」
放課後、勇也は俺の机にバンッと両手を叩いた。
「今日の勇介はおかしいよ!」
「おかしくは……ない」
そう。おかしくはない。俺は今の俺自身がどういう状況なのか、よく分かっている。夢人に対する勇也の返答がどうであれ俺は受け入れるしかない。結局スタート地点にも立てていないんだ。
勇也は再び頬を膨らますが、その状況でも夢人は約束通りに俺らの教室に姿を現す。
「もしかして立て込んでる?」
夢人は、教室の入口で済まなそうな顔をする。
「大丈夫。話って何?」
勇也はすぐに表情を直し、夢人に笑顔を向ける。
「勇介くんは……ここにいるの?」
夢人の疑問は最もだろう。俺が立ち上がろうとする勇也が俺の肩を抑える。
「勇介はここにいるの!」
針のむしろじゃないか。その様子を夢人がじっと見る。
「やっぱり勇也くんは勇介くんが好きなの?」
「僕の……大切な人だ……」
好きとは言ってくれないのかとも思うし、どのように大切なのかとも思う。それすら聞けない俺はやはり勇気がない。
「僕はね、勇也くんに告白しに来たんだ。入学してからずっと勇也くんを見てた。勇介くんが好きなのかと思っていたけど、付き合う素振りもないし。だったら僕にもチャンスあるかなって」
夢人は真っ直ぐに勇也を見る。勇也も真っ直ぐに夢人を見る。
「僕じゃ駄目かな?」
窓の外から喧騒が聞こえてくる。勇也が答えるまでの数十秒、俺には永遠に思えるほどの長い時間に感じた。
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