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scene 6 映画撮影2日目・カフェ(午後)
2日目の撮影は、一度こなした現場だったし、恙無く滞りなく順調に進んで無事終了した。出番は少なかったけど芝居の濃度は割と濃いめで、終わった時のキャラが抜け切らない感的に、やり甲斐のあった現場だったな、と思う。
それは感覚としては、自分の演技が上手い下手とかちゃんとできたかできなかったか、ということではなく、相手役も含めた役者陣全体の演技濃度のバランス、セットやロケーションの充実度、スタッフの熱量や丁寧さなど、色々な要素を全て総合して考えた時の現場の団結っぷりが良かったかどうか、という問題で、それが総合的に良かった現場の作品は、後々高い評価をもらえることが多い、というのがわたしの持論だ。
そういう意味で、今回はとても良い現場だった。
姉役の女優さんがカフェの中で監督と話をしながらメイクを落としたいと言うので、真雪さんがクレンジング道具一式を持ってカフェに出向いた。ロケバスには源太郎さんとふたりきりになって、わたしはつい、ずっと気になっていたことを訊いてみたくなってしまう。
「あの、わたし、真雪さんに嫌われちゃってないですか」
そう口にしてから、真雪さんと仲の良い源太郎さんに聞いても仕方のない質問だったかな、と後悔した。
「ん? なんで?」
「……いや、なんか、全然話してもらえないし」
「あー、あの子はね、本当に一部が壊れてんの。だから誰にでもあんな感じだし、特に朔ちゃんが嫌われてるわけじゃないと思うよ」
「そう、ですかねぇ」
「大丈夫でしょ」
どの辺が大丈夫なのかよくわからなかったけど、なにかマズいことになる感じではなさそうで、とりあえずは安心した。
「源太郎さんと真雪さんって、いつから知り合いなんですか?」
「僕と真雪は今は同じスタイリストプロダクションの同僚だよ。出会った頃は、僕はスタイリストで真雪はモデルだったけど」
映画やドラマの現場は各担当スタッフがそれぞれ別の所属なことも多いので、同じ現場にいても必ずしもみんな知り合いみんな仲良しとは限らない。そんな中で衣装さんとメイクさんがプライベートでも仲がいいというのは珍しいと思って、つい訊いてしまった。プロダクションが同じ、と聞いて、納得。
「じゃあもう長いんですね」
「そうだね、真雪がモデルやってたのはもう10年以上前だし」
「10年!? え、と、源太郎さんって幾つなんですか?」
いくら一度街で会ったとは言っても現場では初めましてだった役者とスタッフが、いきなりプライベートにズケズケと踏み込むようなやり取りをしてしまうのは図々しいと思ったのだけど、源太郎さんが嫌がることもなくちゃんと答えてくれるので、つい、口が止まらなくなってしまう。
「僕は31になるよ。真雪は……これ、僕が言ったこと内緒ね。真雪は29」
しまった。余計なことまで訊いてしまった。そんなこと知ってしまったら、いろいろと気まずさが増しそう。
「そうなんですね」
「朔ちゃんは? 美桜と同じくらいだっけ?」
「いえ、25です」
「あらー若く見えるねぇ」
「……すみません、こどもっぽいですよね」
ああ、もう。楽しい。会話が弾む。話しやすい。
「いいじゃん、役者なんだから。年齢不詳で」
「んー、そうなんですかねぇ」
この人のこれは、営業用なのかな、とか思ってしまう。担当した役者だから仕事モードで丁寧に接してくれているだけなのかな、とか。
でも昨日、プライベートでイベントに誘ってもらえたし。連絡先も交換したし。ただの役者と衣装さんの関係ならそこまでしてくれないような。
なんとなくモヤッとした気分で窓の外を眺めていたら、カフェの入り口に女優さんと真雪さんが並んで出てきていた。
どう見てもキャストのふたり、共演者、という雰囲気。主演女優に負けていないどころか、下手したら真雪さんの方がまず目に入るくらいの存在感だ。
「いいなぁ、真雪さん。あんなに綺麗で、スタイル良くて」
何の気なしに呟くと、すぐ横で衣装を畳んでスーツケースにしまっていた源太郎さんの動きがピタリと止まった。
「あー、それ、真雪には言わない方がいいかも。あの子、ルックス褒められるの地雷だから」
思わぬ忠告にびっくりして、しかもそれがもう今更な内容で、一気に気が滅入る。
「え、本当ですか? えー……わたしもう昨日褒めちゃった……綺麗って言っちゃいました」
「まぁ、それなら大丈夫だったんじゃないの? 今日も普通にメイクしてくれたんだし。もし怒ってたら適当にやられちゃってたかもよ」
確かにちゃんと仕事はしてくれていた。いや、ちゃんとというレベルではなかった。完璧に、言うことないほどしっかりやっていただいた。だから、大丈夫だった、ということだと思っていいのかな。そう思いたいけど。
「そりゃ、仕事だし、プロだし、ちゃんとやっていただけたとは思うけど」
「朔ちゃんって意外とウジウジしてんね」
「え、そうですかね! そんなことないと思いますよ!」
思わぬ指摘をされてなぜか焦ったわたしは、ものすごい作り笑顔と芝居口調で源太郎さんの言葉を思い切り否定してしまった。なに言ってるんだ、わたしは。
「あははははは、オモロイー」
そんなくだらないやりとりをしているうちに、真雪さんが戻ってきた。
「あー、お疲れー。終わった?」
「うん。全部」
「オッケー、じゃあ片付けっか」
「うん」
このふたりが仕事モードになったら、なんとなくわたしの割り込む余地はなくなる。源太郎さんとのおしゃべり、楽しかったな。
「あの、じゃあわたしはこれで失礼します」
「あ、帰る? んじゃあ、イベント関連何か進展あったらラインするから」
「はい。お願いします」
そうだ。仕事は終わり。わたしのやることはここではもうない。
「はい。お疲れ様でした。またね」
「お疲れ様でした、失礼します」
「……お疲れ様でした」
源太郎さんはゲイで、真雪さんは女性で、恋愛関係にはきっとならない。源太郎さんのセクシュアリティはちゃんと教えてもらったので確実。じゃあ、真雪さんは?
女性だけど、ゲイの男性と仲良くて、例えば真雪さんがゲイの男性とも愛し合えるパンセクシュアルだと仮定して、そうなると源太郎さんは女性には惹かれないって言ってたけど真雪さんだけは特別にアリだったりとか、そんなことってあるのかな。ないかな。でもとにかくすごく仲良しで、お互い信頼しているように見える。
まだ出会って間もない人たちのことを、どうしてそんなところまで気になるのだろう。何がこんなに引っかかるんだろう。人と人との関係性をこんな感覚で気にしたことが今までなかったから、自分でもどういうことなのか不思議で仕方ない。
ただ、ひとつだけ分かっていることがある。
わたしは、ふたりの関係をどこか羨ましいと思っている、っぽい。
ふたりの関係。
友達?
仕事仲間?
相棒?
腐れ縁?
友達……
親友?
わたしは彼らと、どういう位置どりで向き合えばいいんだろう。
現場で出会った時点では、役者とスタッフだった。それが、アフターで一緒に行動できることになってプライベートの連絡先を交換して、この時点で、知り合いから友達くらいには進めた、のかな。いや、図々しいな。まだ知り合いプラスα程度か。
でもそれは源太郎さんとだけで、真雪さんとは何も交わしていない。約束も、連絡先も。
わたしは、どうしたい?
誰と、どうなりたい?
友達になりたい?
それ以外の形?
誰と、どんなふうに?
そんな形、わたしが判断できるはずがない。分かるはずない。
どうしても無理なのだ。
わたしは、人を恋愛感情で好きになったことがないのだから。
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